春、うらら

やけに惹きつけられる、凛とした少女だった。
四月、晴れ渡る青空に桜が咲き乱れる絶好の入学式日和に、舞い上がる花弁のなか、はしゃぐ他の新入生達とは少し違う空気を纏って、その少女は立っていた。遠くを見るようにして風に遊ばれる髪を押さえていた彼女が、ゆっくりとこちらへ振り返る。視線が、交差する。彼女はぱちりと瞳を瞬いて、それからふわりと、酷く幸せそうに、甘く柔らかく微笑んだ。
その時の彼女の表情が、半兵衛は数年経った今でも、頭の片隅から離れない。



羽柴藤というのが、その生徒の名であった。彼女はとても優秀な生徒で、成績は常にトップの上に、剣道をやらせれば女子の中で右に出る者がいないばかりか、男子でも並の相手では彼女に敵う者はいない程の腕前、品行方正で誰にも分け隔てなく優しく、人望も厚ければ当たり前のように生徒会長を務め、国立最高峰の大学へと進学を決めた、非の打ち所などまるで見当たらないような生徒だった。

「片倉先生いらっしゃいますか?」

丁度その時、職員室には半兵衛しか居なかった。三年生が最後の夏を終えて引退した後、二年生以下での初めての冬の地区大会を控え、各部活動の顧問達はみな忙しく出払っていたのだ。同僚の片倉は、彼女の所属していた部の顧問で、そして彼女の担任だった。

「片倉君なら道場じゃないかな」
「ああ・・・分かりました」

失礼します、と微笑んで出ていく彼女を見送って、ひとつ息を吐く。彼女の笑顔は特別珍しいものではない。そう、普通の笑みならば。あの春の日に、桜と共に見たあの笑顔とは似ても似つかない、業務的な笑みならば。彼女が友人や仲の良い後輩達に見せる甘さを含んだものとも違う、心の底から幸福だというようなあの微笑みを、半兵衛は彼女と対面すると探さずにはいられなかった。そして、いつも見つからない。当たり前の、誰にもに向けるものを見せられても、頭の隅にこびりついた彼女のそれが、消えてくれない。

「関わりもあまり無いんだけれど、ね」

なのに、視界に入れば自然と目で追ってしまうような、そんなのは教師としてあるまじき事だと思っているのに。

「藤先輩っ!!」
「やあ三成。片倉先生はこちらかな?」
「はいっ!!」

職員室の北側の窓の外、下を見下ろせば先程の彼女が己のクラスの生徒と話しているところだった。彼の名前は石田三成。半兵衛を1年生の時から慕ってくれている可愛い生徒で、そして彼女の部の後輩でもあった。確か、部長を引き継いでいた筈だ。

「練習はどう?」
「みなよく鍛錬していると思います」
「そう、良かった。三成は調子が良いようだと聞いているよ。都大会が楽しみだね」
「勿体なきお言葉・・・!」

そう、だからこれは、彼女を見ているわけではなくて、一緒にいる己のクラスの生徒を見ているわけだから、だから問題などないのだと。そう、見苦しくも言い訳してみたりなどしても。

「羽柴か」
「っ、」

いつの間にやら隣に並び立っていたもう一人の同僚が、すぐそばでぽそりとそう呟く。

「一緒にいる三成君は僕のクラスの子だからね」
「・・・そうであったな」

そういえば、この同僚は生徒会の顧問であったなと、ハッと気がついた時には既に、道場の入口からふいとこちらを見上げた彼女が、目礼して柔らかく笑んだ。そういえばこの隣の同僚も、彼女には中々に甘い笑顔を向けられるのだなとハタと気が付いた。あの春の日のものには、到底及ばないけれど。彼女が後輩達に向けるような、そんな甘さを含んだものを、教師が受けるのは珍しい。

「元就君は、彼女と親しいのかい?」
「・・・元生徒会長故、何かと手のかかる現生徒会の手綱を共に握ってはいるが。差し詰め"太閤"と言ったところか」

フッと隣の男が笑うのに、半兵衛は僅かに瞳を見開いた。この同僚の笑みこそ珍しい。彼女はそれほど親しい相手ということか。

「・・・哀れなのは、どちらなのだろうな」
「何がだい?」
「何でもないわ」

小さく呟かれたその言葉の意味を、半兵衛は知らない。道場をもう一度見下ろすと、既にそこには誰も居なくなっていた。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -