日ノ本は南、九州の地にて

「オー!よく来たネー!ザビー歓迎するヨー!!」

さて、日ノ本中が彼女の不在でしっちゃかめっちゃかになっている頃、彼女が何をしていたかと言うと。南へ南へ、海を越えて九州に渡っていた。待ち構えていたのは如何わしいと何かと話題の宗教の教祖様。最近不運に不運を積み重ねている官兵衛が入信したとか何とかで吉継あたりが悦んでいたのを思い出す。可笑しな団体ではあるが、しかしその実、この教祖の男は宗教家などではなく商人であって、南蛮との交流を持つ上で外せない人間である。

「やあザビー、久しぶり。暫く世話になるよ」

その特徴的な格好の男に笑顔を向けながら、本当にこんな所で己が病がどうにかなるのかと疑念の視線を半兵衛からヒシヒシと感じる。けれどそんな視線は敢えて無視をして、療養に出掛ける時からずっと繋いだままの手を引いた。その多少化け物じみた見かけや彼等の趣向からザビー一行は日ノ本に於いて中々の不興を買ってはいるが、己の理に反する事をしたりはしないのだから。



楽しげにザビーと会話する彼女を眺めながら、半兵衛は何故こんな所へ態々と苦虫を噛み潰していた。この教団は好きではないのだ。というか、好きな者などいるのだろうか(入信者以外)?けれど因みに彼女も(大変遺憾な事に)半兵衛も洗礼は既に受けていた。その名もなんと、

「コレがクイーンの薬ネー」
「ありがとうザビー」
「エンペラーもイッショに居るノ?」
「そのつもりだよ」

因みに言わずとも知れるかもしれないが半兵衛がクイーン、秀吉がエンペラーである。
半兵衛も南蛮語は多少分かるが、その名の意味は知らない。彼女は知っているらしくクスクスと笑っていたのだが、半兵衛は嫌な予感しかせずに知る事を放棄した過去がある。本当に可笑しな教団だ… 彼女も如何して潰さないのか。

「そう言えば近頃堺の貿易船が、」
「オー!アノ人達、商売上手ヨー」
「そうだな。良い品を持って来てくれて助かっている」

まあ、商人という気質上ザビーも賢く、互いの利益になる話には積極的に応じるぶん、旨味も多いからなのだろうが。

「今日はサンデーは来てないノ?」
「嗚呼・・・元就は少し忙しくてな」
「そう、残念ネ・・・」

多少危うい橋なのは、否めないが。





「半兵衛」

通されたのはその教団の趣味にはとても似つかわない、純和風の庭付きの小さな庵だった。どうやら大友の持ち物らしく、あの苦労人の立花が死守していた場所だという。

「始めよう」

その美しい縁側へ腰を下ろして、彼女は下駄を放り投げて脚の先を池の中で遊ばせていたのだけれど。ゆったりと、柔く微笑んで、半兵衛を傍へと呼びよせる。

「秀吉、やっぱり、」
「今更否やは認めない」

もう、何度も話し合った事だった。彼女は断固として折れなかったし、半兵衛も中々譲らずに話は平行線を辿っていた。けれど、彼女の抱える薬師達の長年の研究の成果から、半兵衛に合う薬が見つかってしまった。それならば彼女のやろうとしている事の負担も減るからと、折れたのは確かにそれを知った時の半兵衛だったけれど。

「大丈夫・・・私を信じて、半兵衛」

それでも、でも、と渋る半兵衛。けれど大切な、何より大切な彼女に弱ったように笑われては、逆らうことなど出来なかった。





「婆娑羅を使って病を癒す?」

彼女がそんな事を言い出したのは、一体いつからだったか。

「嗚呼。傷を癒せるのだから病も癒せる筈だろう」
「・・・コレはそんなに便利なものじゃない」

"力"自体に不満を持ったことは無い。けれど、闇の婆娑羅というのは他の力と違って無から生み出すものでは無く、犠牲を伴って他者の生命を己が物とするものだ。

「お前の為に誰かを犠牲にしようとは思っていないよ」
「・・・どういうことだい?」

それでは一体どうやって、と問えば。

「私から摂るんだ」
「は、?」

笑みを深めて、彼女は事も無げにそう言い放ったのだった。





「秀吉・・・君、自分の言っている事が本当に分かっているのかい?」

大きく瞳を見開いて、そして馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに溜息を吐いて、半兵衛は彼女の言葉を一蹴する。確かにその言葉だけでは、そう思ってもおかしくは無い。だってそれはまるで、彼女自身を犠牲として生きろと言っているようなもの。そんなものを、よりにも寄って半兵衛が、受け入れるはずなどないことは彼女も自惚れではなく理解している筈だ。

「私は怪我の回復が早い」
「・・・そうだね」
「それは光を集めて、その力を己がものとしているからだ」

彼女の婆娑羅は"光"だ。そしてその光は、彼女に通常では考えられないほどの力を与えてきた。そしてそれがある程度行使しなければ持て余してしまう程だというのは、戦続きの日常を越えた最近になって分かったことなのだという。

「少し力めば箍が外れる。それが起こらないように、私は力を使わなければならないようだ」
「・・・だから、僕がそれを吸収すれば良いということか」
「そう」

彼女の言っていることは理解出来た。確かに彼女の力はいくら婆娑羅者と言えども常識を遥かに凌駕していた。それはこの後の関ヶ原の出来事からも分かった事だが、いくら強い婆娑羅を扱う力を持っているとはいえ、地を割る所業は度が過ぎている。少し大剣を地面へ突き立てただけでのあの威力。力が飽和している為に、あんなことが起こってしまった。

「そういうことなら、君に危険が無いのなら、願ってもないことだけれど・・・試した事の無いことなんだよ、秀吉。君に何かあれば、」
「試したことならあるぞ」
「・・・は、?」
「明智光秀を拾った時に、死にかけを癒すのに私から吸わせた」

何を言っているのかと、先よりも余程驚愕を露わにして半兵衛は瞳を大きく見開いた。そしてふつふつと、湧いてくるのは怒り。

「君はっ!どうしてそういう・・・!」

危ないことをするなと、己の身の重さをもっと考えろと、けれどそれ以上に、

「・・・君のものが、何か一つでも他人のものになったのかと思うと腑が煮え繰り返りそうだよ」
「っ、」

怒りだ。これは怒り。そして憎しみと独占欲。彼女は半兵衛のもので、彼女のものは須らく半兵衛のものであるべきだ。

「君はいつも僕を怒らせる」

そんなにも、他人に渡してしまう程に有り余っているのなら、じゃあ、それは喜んで半兵衛のものにしてしまおうと。

「半兵衛、んっ」
「もう黙ってくれないか」

その衝動のまま、闇を広げ絡みつかせて、彼女を縁側へと押し倒した。池の魚が、身の危険を感じて端の方へと逃げて行ったのを横目に眺めながら、彼女の白い首筋に唇を寄せて、その生命を喰らう事にした。





静かに寝息を立てる彼女の隣で、半兵衛はその頬を指で擽りながらも、彼女にしてやられたと言う思いに苦笑を堪えられなかった。

「結局君の思い通りという訳か」

結果的に半兵衛は彼女から力を吸い取ることにしたのだから、これが何度も続けばかなり病状は回復するのだろう。それに合わせて新しい、身体に合う薬で病そのものを抑える。完治という道筋が初めて目の前に開けたのは、これまで想像もしていなかった事だった。

「全く・・・君の執念には恐れ入るよ」

半兵衛が遠慮などしないように、その激情を煽るように仕向けて。仕事をさせずに療養に専念できるようにと、こんな所まで連れてきて。彼女を骨の髄まで喰らえるようにと、こんな場所まで用意して。そしてまんまと、半兵衛は彼女の描いた道筋の思うままに行動してしまったのだから、智将の名が聞いて呆れる。

「・・・お前が病には負けるつもりだと言うから。それならば私がどうにかして負かしてやるしかないだろう?お前は私のものなのだから」
「・・・そうだね」

もう少し休んだ方が良い、と半兵衛は眠気まなこの彼女をゆっくりと抱き寄せた。

20180205修正



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