そして嵐を鎮めるのは

ドゴォッ

大きな大きな音がしたのは、東西の大将のぶつかる正に中心。眩いばかりの光が放たれ、目がくらみ、辺りで争う者達の動きもみな止まった。何事かと、皆の視線がその場所に向く・・・そして舞い立つ粉塵が徐々に晴れると同時に見えたモノに、驚愕の声を上げたのは一人や二人では無かった。

「豊臣、秀吉・・・!!」
「やっぱり死んでねェじゃねえか!」
「真か佐助ッッッ!!」
「ああ。あんな御人、見間違えたりするモンか!」

高台から飛び降りると共にあの大剣を東西大将の二人の間に婆娑羅と共に投げつけたらしい彼女は、戦場では見ない着物を纏って降り立った。ひらりと身軽に、その大剣の柄に着地する。肩に掛けていたのだろう打掛が落ち、西の大将の顔面に直撃した。

「何だかすごいことになっているじゃないか、お前達?」

一体どういうことだと、辺りをぐるりと見回して、微笑むその表情がどうしてかな、怖い。あんなに綺麗な格好をしているのに、この場に似つかわしくないそれが逆に怖い。こんなに離れているのに冷や汗が出そうなほどに。誰だ、アレが死ぬとか言ったのは。
その彼女の顔が見えなかったであろうただ一人、顔面にまともに目隠しを喰らった西軍大将石田三成は、気配と香りだけで彼女を"彼女"だと判断したらしい。よもや犬も顔負けの所業である。

「秀吉様アァァァァァッッッ!!!!」
「はいはいはい。ただいま三成」
「御帰還、お待ちしておりましたッ!!」

ガバッと顔から打掛を、殊更丁寧に剥ぎ取った三成は輝かんばかりの表情を彼女に向けている。それにいつもの如く笑顔を向ける彼女のその顔が、怒りに滲んでいるのは些か残念であるのだが。彼女はむぎゅ、と喜色満面に見上げる男の両頬を引き伸ばす・・・というか、それよりも、いま、三成は何て言った?

「私はこんな大喧嘩を起こさせる為にお前達に東西を任せたのでは無いのだけれど」

眉根を寄せたまま、彼女が苦言を呈する。三成は口を押さえられては喋れないのだろう、彼女からの叱責に衝撃を受け、涙すら浮かべているようだ。彼女はその三成を見て、まあ仕方がない、というような表情を浮かべているが。

その一連を、彼女の登場を、瞳を大きく見開いて呆然と見ていたのは、彼らのそのすぐ近くにいた東軍大将だった。いつもにこにことした笑顔の彼は、泣き出しそうに、ぐしゃりと顔を歪め、そして零れ落ちるように、彼女の名を呟いた。

「秀吉公・・・ッ」
「ん?どうした、家康」

わなわなと、俯き震える家康に彼女が返事と共に首を傾けると。まるで突進するかの如き勢いで、家康は目の前のその主君、彼女の身体を掻き抱いた。

「ッ、ご無事で、」
「おっ。・・・うん、ちゃんと帰ってくるって言っただろ?」

受け止めた彼女と、ぎゅう、と籠る腕の力。家康の腕も声も震えていたことに、その腕の中の彼女だけが気がつく。

「貴女が、いなくなったらと思うと、不安で・・・ッ」

家康のそのちいさな小さな悲痛の声に、彼女は一瞬瞳を見開いて、それから怒っていたのは何処へやらーまあ、東西大将に非がないのは分かっていたのだろうがー酷く優しげに瞳を細めて。そして高い位置にある頭を、いつかのように、ぐりぐりと掻き混ぜた。

「お前は聡い子だね・・・でも、約束したんだ、帰って来ないはずないだろう。私は、可愛いお前達との約束は必ず守るよ」
「ッ、」
「嗚呼ほら、みんなに見られてしまうよ。泣くな、家康」

声を詰まらせる家康の、頬を包み込んで彼女は視線を交わせた。

「お前は普段無理をし過ぎなんだ。もっと甘えて良いんだよ」
「・・・っ、はい、」

溢れる涙を細い指先に拭われて、やっと家康は落ち着いたようだった。その和やかな、人によっては貰い泣き(虎若子や四国の鬼など)する程のそれに、唸るような声が、一つ。

「イェヤァスゥゥゥゥ・・・!」

忘れてた、とは彼女を含めたその場の一同の心中であり、そしてその恐惶を止められるのはただ一人。

「ほら、落ち着け三成」
「秀吉様ッッッ!!!」
「・・・よく首が取れねェよな、ありゃ」

ぐるりと、射殺す勢いで睨み付けていた家康から身体ごと向きを変え、その家康の所為で少し離れてしまった彼女の元へ再度跪く、その変わり身の早さはもはや芸の域に達すると、眺めていた政宗は思った。三成は抱えていた打掛を丁寧に彼女の肩にかけ直し、頭を撫でられ嬉しそうにしている。家康は、その横で僅かに染まった目尻のまま苦笑していた。その余りの普段通りに、漸くいつもが戻ってきたとひと息つくところ。けれどその中で、こそこそと動き出す影が、ひい、ふう、みい・・・

「吉継、元就」
「「!!!」」
「それから、みつひ・・・天海殿?」
「は・・・私のこともバレていましたか」

びくぅっ!!と身体を震わせるのは此度暗躍した黒幕の二人、そしてそれに便乗した男は名を呼ばれて嬉しそうに身体をクネらせた。三成の腕に力が篭るのを、彼女が止める。

「お前達には仕置きをする。逃げられると思うなよ?」

そう、にっこりと彼女が言い放つと同時、彼らの足元から闇の手が生える。

「っ!!」
「何をする気ぞ秀吉!!」
「お市様の婆娑羅ですね・・・ふふ、」

織田の姫君、第五天魔王、お市の婆娑羅である。
一体どこからと辺りを見回すと、高台の上にいるお市と共に伊予河野の鶴姫、そして秀吉の大切な大切な軍師、竹中半兵衛がそこへ居た。彼女らの活躍が、今回の太閤の帰還に一役買っているようである。
そして捕まり、ぬぷん、と地に沈んだ彼らが再び現れる先は、彼女の足元。

「・・・さて、お前達。何か言いたい事は?」

太閤さまは、お怒りのようである。



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