お花見に行こうか02

「じーちゃんっ!!!」
「ひょえっ?!」

小田原城の大桜、その下に拵えられた毛氈の敷かれた花見席であっちへこっちへ指示をだしていたその小柄な人影を認識するなり、喜色満面で駆け出して飛びついた彼女に半兵衛は苦笑、吉継は愉快そうにケタケタと笑い、武田の大坂留学勢と途中で合流した西側諸大名の元就に元親は驚愕した。彼女がこんなにも好意を露わに他人に絡むところを見るのは初めてのことであったのだ。

「Oh・・・、秀吉はジジ専か?」

丁度対角線の方から歩いてきていた政宗と小十郎はその光景に口の端を引きつらせていた。途中彼らに合流していた信玄や謙信は愉快そうに笑っており、あまりの衝撃に固まっているのはどうやら若い勢だけのようであると視線を走らせて向かい側でこれまたガハハと笑っている島津を見て小十郎は唸った。実際の年齢よりかなり若く見える彼女に、淡い憧れを抱いているのはどうやら己の主だけではないようである。

嬉しそうに抱き付く彼女の腕の中で氏政はどうせ鼻の下を伸ばしているかと思いきや、存外柔らかな、孫を見るような眼を向けているその老人は本当に彼女とそういう祖父と孫のような、祖父と娘のような関係を築いているのだろうと見てとれた。

「じーちゃん元気だったか?会いたかった。文を見てすぐに飛んできたよ」
「ほほほ、儂はこの通り、ピンピンしておるぞ。お主も暫く見ないうちに別嬪さんが増したようじゃ」
「じーちゃんに会うからめかし込んできたんだ」
「それは嬉しいのう!さ、宴じゃ宴!」

和やかに話す小田原の城主と皆の注目を掻っ攫っていた彼女は、固まっている皆を置いて先に行ってしまう。見慣れている半兵衛や、動じていない者達はその後に続き、残されるは若さ迸る武将達のみであった。

「秀吉殿は…北条氏政殿とご血縁であったのか?!」
「旦那?!それは多分違うと思うよ?!」

虎若子のすっとぼけた声に保護者の忍が現実に戻り、

「いやあ、俺もあんな表情で抱き付かれてみてぇぜ・・・」
「何を言っておるこの戯け海賊風情がッ!!」
「あンだと元就ッ?!」

瀬戸内勢が喧嘩を始めて何時もの通り。

「仲良き事は美しき事かなってな!」
「家族とは良いものだからな!まつ!」
「秀吉殿のあんなお顔はまつめも初めて見ました」

そして前田家はのほほんと我が道をゆく。

「おーい!早くおいでー!はじめるぞー!」

足を止めたままの面々に、桜の下から彼女の声がかかる。よくよく考えれば錚々たる顔ぶれに、日ノ本の平和を此処に見た気がした。












浴びるように酒を飲むのは島津に元親、信玄と謙信は差しつ差されつでつるぎを横に控えさせながら和やかに、けれどこちらも量としては負けることなく徳利を空けていっている。その近くには虎若子が政宗と楽し気にはしゃぎ、いざ刀を抜かん槍を持たんとならないように保護者があくせくしている。三成は吉継の横で静かにし、その向かいでは元就が何やら吉継と語り合っているようである。前田家はいつもの如く家族で楽しそうにしており、慶次がいろんな席にちょっかいを出してはまつに止められていた。

「平和だなあ」
「そうだね」

皆が同じ場で、一同に会し、酒を飲み、時間を過ごす。簡単に思えて、とても難しいこと。それが少しずつ身になっているのを感じて、秀吉は本当に緩やかに、幸せそうに微笑んだ。

「この場をつくったのはおぬしぢゃぞ、秀吉」
「・・・そうだねえ、そう、みたいだ」

本当に小さなことから始まったのだ。身近な人々を苦しめるものを、全て取っ払ってやりたかった。そうしていたら、農民のままではいられなくなって、女のままではいられなくなって、武士として男名を名乗り、国をつくり、戦をし・・・こんなに実感できるほどの身になるとは思っていなかった。共に歩んできてくれた半兵衛の力は大きかったし、身内を守る為にと他所には手酷い仕打ちだってした。今だからこそこうしてゆるりとしていられるが、その為に歩いてきた道は、決して綺麗なものでは無い。

「でも、こんなもので終わるんじゃないんだろう?秀吉」
「・・・嗚呼、そうだよ。わたしはまだまだやりたいことがたくさんある。此処に含めてやらなきゃならない奴らも、まだ居るしね」

振り返って、過去に感謝をしたり、懺悔をしたりするのは最期だ。全部終わったあと、墓の中で。もしくはあの世で。生き生まれ続けなければならない輪廻の中で、屹度罪を償い続けるから。
今生、この命のあるうちは、後ろを振り返らないで走ることを許してほしい。

「彼らかい?・・・君も物好きだね」
「仲間はずれは可哀想だろう?すぐにしょ気るヤツもいるしな」
「まだ賑やかになるとは、お前さんの世は騒がしいのう」
「楽しみにしててよじいちゃん、簡単にくたばらせないからな?」
「ひょっほっほ!」

愉快そうに氏政が笑う。

「・・・僕もまだまだ、ゆっくりは出来なさそうだ」
「ああ、頼むよ半兵衛」
「勿論だ」

呆れたように笑う彼の横で、もう少し、この命の終わりまで。



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