つばめ、きたる

  まどろっこしいことは好きじゃない。
付かず離れず、そんな微妙な距離感で、けれど溢れる興味と好意を隠しきれない燭台切光忠と、警戒心を顕に迂闊に近寄るべきではないと牽制する鶴丸国永。二人の昔馴染みの姿を横目に、大倶利伽羅が思ったのは、そんな身も蓋もない事だった。



大倶利伽羅の傍を離れたがらない鶴丸国永が、大太刀の連中に呼び出されていて、何かと世話を焼こうと傍から離れない燭台切光忠が、厨の支度に出ていた時を狙って、大倶利伽羅は彼女が居るであろう離れへ足を運んだ。
昼時だから彼女も厨へ行ってしまったのか不在のそこには、三日月宗近が黙々と書類の仕分けを行なっていた。大倶利伽羅が顔を出すと、俯けていた顔を上げてぱちりと瞬きをして、それから嬉しげに表情を綻ばせる。

「主へ用か?いまは厨へ行っておるよ」
「・・・いないなら、ここで待つ」
「嗚呼、構わぬとも。ゆっくりしておいき」

そう言ってまた仕分けに戻るその姿は、前の審神者に希少な持ち物として扱われていた頃に時折演練などで見せていた、あの瞳を濁らせた様子とはまったく別物の、穏やかでどっしりとした強さを感じさせる。凪いだように落ち着きながら、テキパキと働くその姿はどこか楽しそうにすら見えた。その背を何となしに視界に入れながら、大倶利伽羅は壁にもたれてぼんやりと彼女を待った。

「おや」
「珍しい顔がおりますな」

うとうとと、瞼が落ちていたことに気が付いたのはそんな声が聞こえたからだった。夢現に、その声が己を手入れしたものと同じひとのものだと理解する。あのあたたかな手の、なんと心地良かったことか。

「主に会いに来たようだが、うとうと首を傾けてな」
「仕方ないね、ここは日当たりが良いから。私も時折眠くなる」

くすり、と笑う音がする。
喉の奥を軽く揺する、思わずこぼれてしまったというような軽やかな空気の震え。そんな柔らかな音を耳にしたのは、一体いつぶりだっただろう。この場所で、そんなふうに緩やかに息を吐き出せるようになるとはまるで思いもしなかった。

する、と衣擦れの音。

「主の羽織は主がお掛けください」
「でも、」
「私が何か持って参ります」

羽織を肩から抜いたらしい彼女と、それを静止して掛け直す一期一振の声。有無を言わせぬうちに離れる足音に、くすくすと三日月宗近が静かに笑いだす。

「あれも大分、嫉妬深い」

楽しげな声色の三日月宗近と、それにつられたように笑う彼女の声に、肩の力が抜けるのはきっと己だけではないはずだ。此処は、今までの場所とは、違う。それが明確に分かるこの柔らかな空気は悪くない。
そっと強張りを解いて、壁に背を預け直すと、大倶利伽羅は今度こそその柔らかな空気に身を任せた。

また暫く、うとうとと意識を飛ばしていたと思う。

ガタッ、ドタッ、という喧しい音に意識が持ち上がるのと同時、離れへ鶴丸国永が飛び込んで来た。

「こいつは驚いた!何でこんなところで寝ているんだ大倶利伽羅」

明らかに浮かぶ敵意に渋々と瞼を持ち上げる。彼女の傍では"こんなところ"扱いに怒り心頭の一期一振が彼女の左手一本で牽制されていた。その一期一振を  というよりは彼女を  挑発するような視線を送る鶴丸国永の瞳は爛々と見開かれて、ピリリとした空気が辺りを包む。グッと腕を引かれるので、溜め息を吐きながら大倶利伽羅は立ち上がった。

「・・・また来る」
「ああ。いつでもおいで」
「行かんでいい!!」

ちらり、と彼女へ視線を向けて呟くと、彼女は眦を細めて嬉しそうに微笑んで頷いた。それに少し胸の奥が温かくなったのと同時、横から鶴丸国永が叫ぶのを聞いて、直ぐに眉根が寄る。これ見よがしに溜息を吐き出しながら、喚く鶴を引きずるようにしてその場を離れた。



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