まだ独り占めしていたい

「・・・おい」
「え?、わ、ナックラー・・・もう!キバナでしょ?」

最近、ブリーダーとしてナスタの名が有名になり始めた。
彼女を重用するローズ委員長がその存在を漏らし、そして彼女の古くからの顧客にナックルジムのジムリーダーやジムトレーナー達がいるという事実が拍車をかけたのだ。メディアの水面下で瞬く間に広まり、彼女は今や引く手数多と言っていいほど忙しい。
個体ごとに微妙に違う能力を見極め、希望されたものに一番ふさわしい能力のポケモンを選び育ててくれる取組みは高く評価され、彼女がまだ若いにも関わらず著名人からも育成を頼まれるようになったのには、そのポケモンに対する類稀なる献身を認められてのことなのだろう。

「今日はなにしてんの」
「んー?今日はねぇ、硬めのサイドンを探してる」

ナックラーを頭の上から下ろしたナスタは、その丸い身体を抱えたまま、一瞬こちらに向けた視線を端末に戻して何やらポチポチとやっている。忙しいことも、仕事中だから邪魔するのは良くないだろうことも分かってはいるが、それを面白くないと思う気持ちがキバナの中には確かにあった。

「ふーん・・・」

少し前までは、キバナが顔を見せれば、連れているポケモン達の様子を見て、その育ち具合にアドバイスをくれたり、褒めてくれたりして、彼女が一番よく面倒をみていたのは、キバナのポケモン達であったのに。いつの頃からか、彼女が一番よく面倒を見るのはキバナのポケモン達ではなくなってしまったように思う。こちらに向けられた背に、胸の内がもやもやと苦しくなるような、そんな心地を味わうのだ。

  ナスタさん!」

丘の向こうから駆け上がってくる紫髪を見て、キバナは僅かに眉根を寄せた。また、ぎゅっと胸が苦しくなる。この、キバナとそう歳の変わらないチャンピオンの方が、最近ではキバナよりもよほど、ナスタと時間を過ごしているような気がしている。

「あれ、ダンデくんどうしたの?今日はげきりんの湖に行くって言ってなかった?」

まるでワンパチのように、それこそ瞳をキラキラと輝かせ、ナスタを慕っているということを100%表情で伝えながら駆け寄ってきた紫髪の少年  ダンデは、半年ほど前に行われたガラルのポケモンリーグトーナメントの準決勝でキバナが負けた相手であり、そして、当時のチャンピオンを討ち果たし、現役チャンピオンに上り詰めた、キバナの最大のライバルと言える少年だった。キバナとあまり年の変わらない彼は、リーグにチャレンジする途中で、ここ、ワイルドエリアでナスタと出会ったらしかった。

「ああ!でも、ナスタさんのキャンプが見えたから」
「・・・ずいぶん遠回りで行くんだね?」
「あれ・・・また道をまちがえてるか?」
「そうだと思うよ」

キバナが不貞腐れている間にも、2人は仲の良さそうな会話をしている。ずっと幼い子供の頃からいつもキバナの手を引いて共に育ってきた姉とも言えるべきこの人が、最大のライバルであるダンデと仲良くするのはやっぱり、どうにも気に入らない時があるのだ。
ダンデの相手をするナスタを見ているとむしゃくしゃが抑えられず、でもそれを見せるのもなんだか尺に触るので、見えないようにと彼女の足元にしゃがみ込む。
  スマホロトムをいじっていると、突然頭がぐしゃぐしゃとかき混ぜられて瞳を丸めた。

「ごめんねダンデくん、今日はこれからキバナのポケモン達の様子を見る約束してるから」

思わず見上げると、ダンデから見えない位置でキバナの頭へ手を伸ばしたらしいナスタが、申し訳なさそうに彼の来訪を断りだした。

「あ、そうなのか・・・じゃあまた来るな!キバナもまたな!」
「また迷ったらリザードンを頼りなよー」

驚いて固まっているキバナを放って会話は進み、ダンデがこちらに背を向けて駆けていく。その後ろ姿をなんとなしに見送っていると、のし、と頭に重みが乗った。

「なーにしょげてるの」

背中側から覆いかぶさるように、しゃがんでいるキバナの旋毛に顎を乗せた彼女が、肩を揺さぶってくる。キバナの様子を気にしてナスタが気を使ってくれたのは少しだけ嬉しかったが、ダンデがいなくなったと言えどあからさまにそんな様にもできず、色んなもやもやから、反応を返さずにそのままスマホロトムをいじりながら、ぽそりと呟いた。

「・・・ナスタ、忙しそうだよな」
「そうだねえ、前よりは忙しいかもね」
「、だから、」

そう区切って、むしゃくしゃするけれど、でも、迷惑になるのはいやだからと、続けようとした言葉は、

「私がポケモン育てることを仕事にしたいなって思うようになったのはさ、覚えてないかもしれないけど、まだちっちゃかったキバナが  

『ナスタの育てたポケモンは強くてオレさまにふさわしいな!』

  って言ったからなんだよね」

ふふ、と頭上で小さく笑う音がした。

「それからポケモンを育てるのがもっと好きになってさ。私と一緒に育てたポケモンで、リーグを勝ち上がっていくキバナを見ていて、それなりに自信もついたし」
「だから・・・キバナのポケモンを見れなくなったら元も子もないっていうか、ね?だからべつに、」

唐突に明かされた、彼女の言葉に固まる。それからじわじわと、驚きと、むず痒さと、嬉しさみたいなものがない混ぜになって、飛び上がるように彼女を見上げた。

「オレさま、迷惑じゃない?」
「・・・迷惑だなんて、思ったことないよ」

そこには、仕方がないな、とでも言いたげに優しく瞳を細めて苦笑を溢す彼女がいた。そのまま彼女は、俺の頬を両手でむにむにと揉む。

「キバナってば、そんなこと気にしてたの?」

バッカだなー、と言ってニシシと笑い、バンダナを引き下げるように頭を軽く小突かれた。そのままくるりとそっぽを向いて、誤魔化すようにポケモン達に向き直るナスタの口の端が持ち上がっているのを、バンダナをずり上げながら見つける。
ああ、まだまだ、この場所は俺のものなのだ  そんな実感をするのと同時に、彼女と同じように何だか照れくさくなってしまい、もう一度その頭の上にナックラーをお見舞いしておいた。



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