花咲かコーヒー4人前

洒落ていて敷居が高く、近寄り難いなと気後れしてしまい普段はあまり近寄らない場所というのは、一度その扉を開けてみれば、実は柔らかい声が出迎えてくれる居心地の良い場所だった  なんてことは、これから先も何度もあることなのかもしれない。

「いらっしゃい」

友人の背を押しながら訪れたその扉の先で、柔らかく微笑んだ彼のその表情を見た時に、何となく、そう思ったのを今でも覚えている。
あれだけ心を乱されながらもこうして彼の店へ足を運んでしまうのは、やっぱり此処が居心地が良いからなのだろう。



「ああ、鱗くん、円場くん来てくれたんだ。こんにちは」
「っス、」
「こ、こんちわっス!」

その日、どうしてもあの風邪の日のお礼がしたい、と普段は涼しい表情を浮かべている顔を真っ赤に染めながら言い出した鱗に付き合う形で、俺達はあの喫茶店を訪れた。感謝の気持ちにと高校生には些か似合わないものを用意して、意を決したように扉を引く友人を揶揄いつつも、俺は開いたその先に広がる空間に釘付けになっていた。落ち着きのある色合いにまとめられた品の良い調度品、僅かに聞こえるテンポの良い音楽に混じる小さな雑音、楽しげに、けれど少し密やかに交わされる雑談の声、コーヒー豆か何かの芳ばしい香り。その中に包まれるだけで、何だかホッと肩から力の抜けるような気がするのは、こういう店に足を踏み入れたのが初めてだからだろうか。

「えーっと2人は…回原くんに、泡瀬くん・・・かな?」
「おお、俺らのことまで知ってるんスか」
「ふふふ。ヒーロー科の子は接する機会が増えそうだからね、1年生から覚え始めたんだ」

鱗と円場を見て嬉しそうに表情を綻ばせたミティアルが、次いでこちらへ視線を移してまた柔らかく笑みを浮かべる。歓迎されているのがその瞳を見ているだけで分かり、名前を覚えられていることに驚きと恥ずかしさのようなものが浮かんできてパッと視線を逸らす。何だかあまり直視出来ない雰囲気を放つ人だ、と思う。

「何がいいかな?」
「あ、あの!」
「ん?」

注文はどうする、席は  そんなふうに入店の対応をしようとした彼の言葉を、また顔を真っ赤に染めた鱗が止める。バッと差し出されるのは、小さなブーケだった。高校生の小遣いでも無理をしない範囲で買えるような、小さな握り拳大のものだったけれど、それでもそれを誰かに差し出す勇気があるだけ、俺は鱗の事をすごく尊敬した。

「この間は、ありがとう、ございました・・・っ!」
「え?これ、俺にくれるの?」

驚いたように瞳を丸めるミティアルが、慌ててカウンターの向こうから出て来る。店内からはチラチラとこちらを伺う視線も飛んできて、関係のない俺まで小恥ずかしい気になった。当の鱗は、緊張でいっぱいいっぱいのようで、聞き返すミティアルを見上げながら必死にコクコクと頷いている。

「わあ…ありがとう。俺、花好きなんだ」

その小さなブーケを、そっと両手で抱え上げるようにして受け取ったミティアルは、その可愛らしい花々に視線を落としてとろりと瞳を和らげると、本当に嬉しそうに、幸せそうに、そう、言葉にするのならばきっと  花の開くような  微笑みを浮かべた。
見ているこちらのほうが顔の熱くなるような、そんな、あまりにも綺麗な微笑みだった。鱗はバグったように唇を震わせて声にならない声を上げ、円場は直視できないと鱗の背に隠れる。
けれどその破壊力万点の微笑みよりも、直後、更に驚く事が起こった。

「ふふ、嬉しいなあ。どこに飾ろうかな」

ミティアルが喜び溢れる様子でそんなふうに言ってまた花へ視線を落とした時、

ポンッ

「えっ」
「はわ」
「あっ」
「わあ」

何やら可愛らしい音と共に、目の前の彼の  ミティアルの右の耳下に結われた三つ編みの付け根に、4、5cmほどの花が現れたのだ。
何が起こったのか分からず茫然と彼を見上げる俺達4人を前に、目の前の人はその花にそっと指を伸ばしながら、視線を泳がせて照れ臭そうに小さく頬を染める。

「あ・・・恥ずかしいな…俺の髪、嬉しいと花が咲いちゃうんだよね」

誤魔化すように照れ笑いを浮かべながら言う彼のその一言に、鱗がボンッと噴火したような音を立てて限界を迎えた。

「~~ッ!!」
「鱗ッ!!」

顔を覆って蹲る鱗を円場が慌てて受け止めるが、ミティアルは髪に咲いた花が余程恥ずかしいのか視線を明後日の方向へ逸らしてしまって全然こちらの様子に気付かない。

「全然大したことしてないのに…こんなに素敵なものもらっちゃって悪いなぁ…そうだ!今日は何でも好きなもの頼んで。みんなも」
「えっ、それじゃあお礼の意味が…」
「お礼は言葉でもらったから。これはお花が嬉しかったから、そのサービス?みたいな…だめかな?」

限界の鱗に代わって、誤魔化すように捲し立てるミティアルに返答を返していた円場が、様子を伺うように遠慮がちに、恥ずかしそうにこちらを見るその姿に、遂に顔を両手で覆った。

「だめじゃ、ないです……(かわいい…!)」
「アイヤー…」
「鱗ーーーッ!!!」

鱗が再び沸騰する。今度は円場までもが蹲り、慌ててそれを支える。じゃ、じゃあホットコーヒー4つで!!と回原がその場を乗り切り、俺達は窓際の空いている4人席へと逃げ込んだ。

「あれは……ヤバいな」
「そうだろ!?そうだろ!?」
「・・・」
「鱗はもう聞いちゃいねぇし」

カウンターに戻ったミティアルと距離が出来た事で一旦落ち着いた俺達は、なんとか心を落ち着かせながら例の日から数日、鱗と円場がぽやぽやになってしまっていた理由を理解した。あの甘さは激毒で、少し話しただけでもこのダメージなのだから、一日中介抱された鱗なんてひとたまりもなかっただろう。現に、今もまだ落ち着かない様子でちらちらとカウンターへ視線を送っている。その動きがピタリと止まったのを見て、何かあったかとその視線を追った俺は、コーヒーを淹れながら、こちらの視線に気が付いて、ん?と首を傾けたミティアルの柔らかな流し目をモロに喰らった。

「か、かっけぇ・・・!」
「アイヤー……!」

さっきの照れ臭そうな顔とのギャップがヤバい。

「鱗ーーーッ!!!」

そして俺以上に色々と限界を超えていた鱗は、そのまま無事に撃沈していた。



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