ハニージンジャーホットミルク

「相澤くん、また夜更かししてるの」
「・・・日和」
「深夜残業ほど非合理的なものも無いと思うけれど」

掛けられた声に振り向くと、薄暗がりの中、マグカップを両手にひとつずつ持ちながら部屋へ入ってきた彼が、つかつかとこちらへ足を進めているところだった。ごとりと少し乱雑にデスクに置かれたマグカップには、いつものコーヒーではなく、湯気の立つホットミルクが入っていた。またこんなに暗い中で画面見て・・・と小さく小言が飛んでくる。

「終わらないんだから仕方ないだろ。それに俺は元々夜型なんだ」
「終わらないというより、君のそれはもう癖のようなものだろ。大学生みたいな言い訳するなよ」

そう言って呆れたように眉根を寄せた日和は、背後から腕を伸ばして俺の右手のマウスを奪い取ると、カチカチと何度か操作して、やりかけのものをすべて保存してPCの電源を落としてしまった。それを見ているだけで止める事が出来なかったのは、距離の近さと、風呂上がりらしい良い匂いと、背中に感じるぬくもりの所為  いや、左手にあるままのマグカップの中身が溢れないように気を使っただけだ。

「ほら、それ飲んで早く寝る。寝袋もダメな。きちんと布団で寝ること」
「・・・」
「返事は?」
「・・・ああ、」

すぐ隣から覗き込むようにされると、文句も何も言えなくなってしまうのは俺自身がコイツの顔に弱いことを自覚しているからだ。モニターの明かりも消えて、デスクライトの頼りない灯りだけがこの空間を照らす中、整った顔面が間近に迫っている。この距離で見るとつくづく面が良い、などとまた身も蓋もない事を考えてしまい、誤魔化すように視線を逸らして置かれたマグカップにそっと口をつけた。甘いものはそんなに好まないが、適度な蜂蜜の甘さと、そこにピリッと走る生姜の入ったコイツの作るこのホットミルクは好きだった。飲み物が胃に落ちた腹の底、内側からじんわりと身体が温まってゆくのが分かる。目元の重さに疲れを感じながらその甘さに息を一つ吐き出すと、ぱち、と小さな音がして、後ろ頭に束ねていた髪が解かれた。次いで、それを手櫛で梳かされる感覚に、連なる心地良さから瞼が落ちる。

「ふっ・・・」

すぐ側で静かに笑った気配がして、隣に立つ彼を見上げた。そこにあったのは、柔らかな慈しみの滲む、穏やかな微笑。それに吸い寄せられるようにして、思考が働かなくなってしまう。嗚呼もう本当に、俺がその顔が好きなことを分かってやっているのだろうか、コイツは。

「猫みたいだな」

そう言って最後にくしゃりと頭を撫でるように掻き混ぜて、日和は俺の部屋を出て行った。パタン、と扉が閉じてから、ずるりと背もたれに寄り掛かる。そっと撫でられた頭に手を伸ばして、膝を抱えるように縮こまった。耳が熱い。感触がまだ残っているそこを、反芻するようになぞっていく。

お陰様で、今日はよく眠れそうな気がした。



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