01 発現

"個性"の発現  というのは、現代社会においてほとんどの人間が経験する事象である。個性の種類は千差万別だが、その殆んど全ては、4歳までにその片鱗を現すものだという。



はじめに襲ってきたのは、まるで何かに突然殴られたかのような衝撃と、吐き気を伴うほどの頭痛。ちかちかと閃光の散る視界に、夥しいほどの情報と感覚が身体の中を濁流のように渦巻いた。

突然呻きだしたまだ幼い息子の様子に、自分達だけではどうしようもない異常を感じた両親は、慌てて苦しむ子供を病院へ運ぶために車を出した。そこで一度冷静になれていれば、何かが変わったのか  いや、あれはやはり避けようのない事故であったのかもしれないけれど  急ぎ病院に向かっていた車は、偶然街で暴れていた敵に巻き込まれて、車体がひしゃげてしまうほどの衝撃と共に近くのビルへと突っ込んだ。

次々と送り込まれる膨大な情報を、幼い俺の頭はとても処理し切ることなど出来ず、高熱に朦朧とする意識の中、涙やら鼻水やら冷汗やらが顔中から流れ出していた。身体のそこかしこに感じる痛みや震えに、何故そうなっているのか理解出来ないのに、何か、もの凄く怖いことが起こっているのだけは分かっていた。父の声が、母の声が、呻くようなそれから、徐々にか細くなっていくのを、動けない身体で感じていた。

『・・・ッ!!・・・・、・・・』
『・・?・・・・!!!』

身体を抱き起こす腕があった。何を言っているのかは分からなかった。色々なものが流れ込んできて、音が聞こえても言葉に結びついてくれない。けれど、その次の瞬間  ぴたりと、濁流のようだった流れが止まり、すべての感覚が突然戻って来たかのように、言葉がすんなりと耳に入ってきた。

「意識がある!!医療班は  大丈夫だ、落ち着いて」

恐る恐る見上げた先、俺を抱き上げていた真っ黒な男の人が、赤く光らせた瞳で視線を合わせてホッとしたように息を吐いた。何が起こったのかと辺りを見回そうと視線を逸らすのを妨げるように、ぎゅ、と胸に顔を押し付けられて、俺はその体温に縋るようにしながら、襲ってくる疲労や痛みに身を任せて意識を手放した。



次に目を覚ましたのは、どこか知らない部屋の中だった。真っ白な部屋、ツンとする消毒液の匂い、人の生活感の感じられない場所。父は、母は  不安に駆られて辺りを見回した時、自分の横たわっているすぐ側に、あの真っ黒な人が腰掛けているのが目に入り、何故だかすごく、安心した。

「ぁ、」

小さく吐き出した音に、伏せられた目蓋がふるりと震えて、あまり良いとは言えない気怠そうな目つきが、それでもこちらを心配するような色を載せて俺を捉えた。

「目ぇ覚めたか」

痛いところはないか、自分の名前は言えるか、年はいくつか。こちらの答えを待つようにゆっくりと、ひとつひとつ丁寧に、その人は俺へ問いかけた。それらに拙くも答えながら、ここへ両親の居ない事、あの時の状況、目に見えないものがこぼれ落ちていくような、言い知れない感覚を身体が思い出し、瞳から雫がぽろりと転がり落ちた。ぽろぽろと流れ続けるそれを理解出来ずに両手で拭っていると、カタリという物音の後、おおきな温かい手のひらが後頭部へ周り、真っ黒な胸へと再び顔を押し付けられていた。

その腕の感触は、恐怖と混乱しかなかった所から救い出してくれたそれと同じもので、一瞬の強張りは瞬く間に解けていった。

「なあ、」
「ん?」
「にーちゃん、なまえは?」

泣き疲れてそのまま眠ってしまった後、目が覚めるまで居てくれた彼にそう問いかけると、その人はキョトン、としたように瞳を丸めて、そしてそれから、フッと鼻から息を吐き出すように、優しく笑った。

「イレイザーヘッドだ」
「いれ、ざへっど?」
「あー・・・周りの連中は、"イレイザー"と略してる」
「いれいざー」
「うん」

俺の頭へ手を伸ばして、ポンポン、と撫でる。その手にすごく安心して、その指先をそっと握りながら、今教えてもらったばかりのヒーローの名を、宝物のように何度も口の中で転がした。



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