出会いの化学変化

高校一年の4月。念願の烏野バレー部に入部した孝支は、帰宅するなり嬉しそうな様子で千歳の家の方へやって来た。

「おかえり、孝支。バレー部どうだった?」
「ただいま!」

話したくてたまらなかった、と言わんばかりに表情を輝かせながら、久中の黒川くんっていう強い人が一個上にいるらしい!とか、同級生に見えない老け顔のヤツがいて、挨拶でシャフス!って噛んでてめちゃくちゃ面白かったとか、あともう1人は澤村ってやつで、たぶん千歳と同じクラスだとか、捲し立てるように語るのを一つ一つ聞いていく。

「楽しそうだな」
「おう!楽しくなりそう」

孝支が楽しそうで良かった、と胸を撫で下ろしながら、自分自身で何度も押し殺した感情がモヤつくのを誤魔化す。入学前、千歳がバレーが出来ないことと、孝支がバレーをやることは全く別物なのだから、孝支はバレー部に入れよ、自分のことはもう割り切ったからと、そう伝えた事に嘘など無いはずなのに、やはり、むずむずとはしてしまうのだ。

  だって、バレーが好きな気持ちは変わってくれない。

そんなものを抱えながら、千歳は孝支に気を使わせまいと努めた。けれど本格的に部活が始まり、孝支の口から聞くバレーの話は、段々と楽しいことだけではなくなっていった。

  監督が、指導者がいないんだよ。顧問の先生はおじいちゃん先生で、最初と最後に来るだけ。

  大会が近いのに、練習試合が少なくて、直近のも断られたんだって。先輩が、"大会前の貴重な時間を割く価値が俺達に無いんだ"って。

  今日の午前中、体育館を女バスに貸したんだ・・・!全国出場有力候補だからとかって・・・!男バレの体育館なのに、

辛そうな孝支を見ていて、千歳も辛かった。中学の時は、そういう辛い事も、苦しい事も、全部隣で一緒に立ち向かえていたのに、今はそれを横から見ている事しか出来ない。なんで俺は、孝支の隣にいないんだろう。なんでこの足は、言うことを聞かないんだろう。悔しくて、苦しくて、隠れて泣いた。孝支に何を言ってやれば良いのかも、何をしてやれば良いのかも分からなくて、ただ話を聞く事しかできなかった。

「このままじゃダメだ!時間はあるようで無いんだ」

ある日の昼休み、千歳と同じクラスの澤村のところに集まって話をしていたバレー部3人は、そんなふうに意気込んで、ボール拾いでも出来ることはある、とスパイクのフォームやトスからコースを読んだり、身体の動かし方を掴む方法について話していた。孝支と従兄弟で、澤村とクラスメイトになって、バレー部連中と仲良くなっていた千歳も何故かその輪の中に入っていた。変わらなくては、変えなくては、どうやったら今のこの状況を打破できるのか、という会話に混ざってしまっていたのが、きっと、巻き込まれ始めた所以だった。

「あ!諏訪部」
「千歳?なんでまだ学校いんの?」

英語の先生に捕まって用事を頼まれて、そのまま話し込んでいた日。そういえばそろそろ部活も終わる時間かもしれない、とバレー部の練習する体育館を覗き込むと、そこには孝支と澤村と東峰の1年生3人しか居なかった。

「先生と話してたら遅くなっちゃって。部活終わった?」
「うん、でもこれから自主練しようってなって」

何の練習をしようか話していた、という澤村が、思いついたように千歳を見て、

「諏訪部さ、良かったらボール上げてくれない?」

そう、言った。
たぶん、ただ単純に、孝支と一緒に帰るつもりであろう千歳に、待つくらいなら、という素直な提案だった。それに引っ掛かりを持ってしまうのは千歳の足のことを知っている孝支と千歳本人だけ。そして、その孝支は、そんな澤村の言葉に、千歳がどう出るのかをジッと待っているようだった。

「・・・うん、いいよ」

別に、もうバレーに関わらないと意地を張っていた訳ではない。ただ、もうバレーは出来ないのだと、そう思っていた  だから、久しぶりに触れるボールの感触に、酷く泣きたくなったのを、今でもよく、覚えている。
孝支がその時、千歳をどんな表情で見つめていたのかは、余裕がなくて覚えていない。



それから、精力的にバレーと向き合う孝支達1年生に触発されて、先輩方も少しずつやる気を取り戻したらしい。千歳はあの日以来、バレーにいやに詳しいというのが澤村にバレて、中学まではやっていたことや、怪我で辞めたことを白状させられた。そして新しくマネージャー候補にと誘った清水にバレーのあれこれを教える役をどういう訳だか仰せつかった。

「千歳、清水どう?」
「自分でも本とか読んでくれてるみたいで、覚えるの早いよ。でもやっぱり、詳しいルールとかは試合見ながらが一番手っ取り早いよな」
「それならやっぱり、IH予選見に来てもらうのがいいか」

家に呼ぶわけにもいかないし、と言いながら見上げると、澤村がにこにこと笑いながらこちらを見ているのに気がついて、首を傾ける。

「なに?」
「なあ千歳、俺のことも大地でいいぞ!」
「え?ああ…うん、大地ね」

思えばこの時から、大地も孝支も、千歳をバレー部に引っ張り込む気でいたのだと思う。千歳自身はこの時はまだ、頑張っている孝支や友達の手伝いをしている、くらいの感覚で、バレーがやりたい、なんて感情とは向き合わないようにしていた。

  IH予選。
烏野は、2回戦で敗退した。3年生は引退。主将の田代は、"団結するのが遅すぎた"と言ったそうだ。それを聞いて千歳は、これから烏野が強くなるのなら、直向きな努力の中で、確かなチャンスを掴んだ時なのだろうと思った。だからきっと今、烏野は、チャンスを掴む為の準備をしなければならないのだと。

「今日からマネージャーになってくれる、」
「清水潔子です」
「諏訪部千歳です」

烏野の試合を観客席から見て、悔しそうな孝支や大地、東峰の姿を見て、此処では遠すぎる、と思った。
一緒に考えて、自主練に付き合って、共有した気になっていたけれど、やっぱり"此処"では物足りない、と思ってしまった。そんな時に、珍しく真剣な顔をした孝支に、真正面から言われてしまった。

『千歳、俺と一緒にまた、バレーボールしよう。プレー出来なくても、傍で見てて。一番近くで全部、一緒に見よう』

優しい孝支が、逃げることを許さないと言わんばかりに千歳の両手を握り締めながら、真っ直ぐに視線を合わせて、そう言った。その言葉に、視線に、思いに、色々なものが迫り上がってきて、唇を噛み締めて耐えようとしたけれど、溢れて零れた。何も言えなくて、肯くだけすると、孝支の肩に顔を埋めてしがみ付いた。

もう一度バレーがしたい、とやっと、自分に素直になることが出来た瞬間だった。孝支が隣に居てくれるから、孝支が引っ張りあげてくれたから、俺は今もバレーボールを続けていられる。



「アレ!?大地泣いた!?」
「!?泣いてねぇし!」

学校にバスが着いて、目を覚ます。なんの夢を見ていたのだったか。
気怠い微睡みの中で、ぼんやりと目蓋を持ち上げて、そこに孝支がいて、大地がいて、旭がいて、清水がいることに、なんだか胸がいっぱいになった。孝支達が騒いでいるのを遠くに聞きながら、その笑う横顔を見て、その眩さに手を伸ばす。

「・・・孝支」
「ん?」

いつもどんな時も俺に光をくれる、一番大切な人。

「ありがとう、だいすき」
「ファッ!?」

振り返った顔を見上げながらその手を握ってそう言って笑うと、孝支は驚きの後、照れたように頬を染めて、それから、

「俺も・・・ありがとう、だいすき」

そう言って一層優しげに微笑んで、俺の手を引いてくれた。だから、その隣に立って、並んで歩く。

「泣いて起きる事あるよなー昔飼ってた犬の夢見た時とか」
「私、文鳥」
「だから泣いてねえっつってんだろ!!」

前を歩く大地、旭、清水の楽しげな後ろ姿を見ながら、体育館に駆け寄っていく皆の姿を目に焼き付ける。満ち足りているのが、分かる。

  狙うのは、全国大会優勝だ」
「え、それ以外に何かあんスか」
「またお前はそォいう言い方ァァァ!!」
「お前バカだな!改めて言っただけだろ」
「"春高行く"としか言ってなかったからな」
「当然!!」
「そのつもりだ」
「あ、僕は何でもいいです」
「そりゃあ全国行くからには!」
「まだ行くって決まってねえよ」

熱量が、個々の実力が、それを掛け合わせるチームワークが、満ちている。今こそが、チャンスが訪れている瞬間だろう。わちゃわちゃと騒ぐ烏合の衆を眺めながら瞳を細めていると、一歩引いていたのを目敏く見つけた大地と孝支に引っ張られる。

「・・・勝とう」

大丈夫。掴むなら今、きっと、この時だ。



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