押せ押せの押せ

「・・・京治、邪魔すんな」

昼休憩中、昼食終わりに西棟の方へ歩いて行く諏訪部の姿を見つけて後を追いかけた。備品庫で何かを探しているのを後ろから腕で囲って、背を丸めて肩に頭を埋めるようにすると、それを除けるでもなく、声も出していないのに名前を呼ばれて嬉しくなる。

「なんで俺だって分かったんですか」

諏訪部の言葉を無視してそう言うと、呆れたようなため息と共に背中越しに体重がかけられて、ぽこ、と頭が小突かれる。こちらを仰ぎ見る諏訪部と視線が合わさった。

「こんなことするの、お前くらいしかいない」
「本当ですか。俺以外にもこういう事したいって思ってる奴いると思いますけど、襲われたりしてないですか」
「いやいないだろ。清水じゃあるまいし」
「千歳さんはもっと自分の魅力を自覚した方が良いですよ?危ないです」
「お前が言うなよ」

くすくすと喉を震わせて、表情をふっと緩ませる様子がかわいい。今日は食事の準備を担当していたのか、昼に食べたカレーのにおいが髪から僅かに香る。その中に混じるように諏訪部自身の香りがして、それを見つけられた事が嬉しくて顔が緩む。ああ癒されるな、と低い位置にある頭に頬擦りをしながらそんなふうに話をしていると、そろそろ離れろ、と諏訪部が赤葦の身体を押した。

「いやです」
「嫌、じゃないだろ。俺、お前と違って仕事中なの」
「…キス、させてくれたら離します」

仕事の邪魔をして嫌われるのだけは避けたいけれど、ただこのまま離れるのは嫌だ。宮城に住む諏訪部と会えるのは今のところこういう合宿の時だけだし、その中でも話せるのは休憩時間や自主練の合間のもっと僅かな時間だけ。捕まえようとしなければ、マネージャーとして忙しなく働いている諏訪部と二人きりになれることなどそもそもが夢のまた夢なのだ。赤葦がこうして彼に絡む事が出来るようになったのは並々なる努力の成果であり、戯れだと思われて好きに抱きついたりできるこの状況も良いけれど、そろそろ意識して欲しいと思う焦りを纏った男心も存在していて、赤葦の胸の内はぐるぐるとしていた。

はあ、と深いため息が聞こえて、呆れられてしまったかと瞳を伏せる。反射で飛び出る、すみません、の言葉と共に腕の力を抜くと、簡単に距離が開いて切なくなった。
諏訪部の足が、落とした視線の先でくるりとこちらを向く。それから、ぐい、と顔がすごい力で引き寄せられた。ゴツ、と痛いくらいの力で、額が合わさる。

「…目ぇ開けろ」

驚いてギュッと瞑ってしまっていた目蓋を、言われるがままに持ち上げる。

「ほら、お好きにどうぞ」

無理矢理向かされた視界の前には、諏訪部の色素の薄い双眸があって、どういうわけか、それと至近距離で見つめ合っていた。銀色に光を落としたような、複雑で深い色合いのそれに見惚れて、動けなくなる。頬を両手で包み込むようにして、視線を合わせられているのだと理解したのは、諏訪部の熱い息が唇に触れたからだった。

「・・・キス、しねーの?」

話すと唇が僅かに触れ合うようで。
それくらいの距離に、諏訪部のそれがある。なんでこんなことをされているのか理解ができなくて、何も出来ずに固まっていると、諏訪部が瞳を伏せて、そしてそのまま距離がゼロになった。ちゅ、と一度吸われて、身体だけではなく思考も硬直した。

「俺だって、何とも想ってないヤツにここまで触らせたりしない」

一度離れて、持ち上がった目蓋の先の視線が、赤葦の見開かれた瞳と合わさる。続けて小さく呟かれた言葉と共に再び合わせられた唇に、頭で理解するより前に貪りつくように噛み付いていた。

「千歳さん、すきです、すき、」
「っ、んぁっ、ばか、っ、がっつくな」

ぎゅ、と諏訪部の背に腕を回してその身体を抱きしめて、好き放題にしていた赤葦の両の頬を抓るようにして、諏訪部がプハッと息を吸う。

「まだ、午後、あるだろ…」

眉根を寄せてそう赤葦を窘めるが、頬が染まっているし、息も切れ切れだし、瞳が潤んでいるしで、全く抑える効果がない。けれど確かに、この人のこんな顔を他の人間には見せたくなくて、赤葦はもう一度だけ唇を合わせると渋々と諏訪部を解放した。

「また夜会ってくれますか?」
「ん。・・・俺も、会いたい」

諏訪部の指先を離さぬままそう言えば、くすりと微笑みと共にそう言われて、その柔らかさに堪らない気持ちになる。ああ本当に、この人に触れる権利を得たのだなと妙な実感が湧いた。

「千歳さん、俺のこと好きなんですか」
「うん」

だからこそ、確かな言葉が欲しくて、強請る。

「好きだよ京治。お前の冷静に見えて熱いとことか、バカ真面目なとことか、頑張り屋なとことか、ちょっと変なとことか、全部好き」
「・・・半分くらい褒めてなくないですか」
「好きなんだから、いいだろ」

返事の代わりに、そう言って照れたようにはにかむ諏訪部の口を、最後にもう一度だけ塞いでおいた。



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