土台代理

武田先生の確認を受けて、大丈夫な事を確認して来い、と言われて、コートから出なければならない事に頭の中がぐるぐると嫌なもので渦巻いていた。

「大地・・・ッ」

気がつくと、すぐ側に、今日はスタンドに居るはずの千歳が膝をついていた。
眉根を寄せて俺の顔を覗き込み、打った頬にその冷えた指先が触れる。熱いな、と更に顔を顰めると、俺の腕を支えながらゆっくりと起き上がらせてくれた。

「・・・血、」

頭の中で先程先生に言われた言葉をもう一度反芻しながら、清水からティッシュを受け取る。口の中の違和感を吐き出してみると、歯が抜けてしまったようだった。日向と山口の悲鳴を聞きながら、千歳が他に怪我や異常がないかを確認するのを待っていると、田中が暗い面持ちで近づいてきた。嗚呼、これを言わせてはいけないと、鈍い頭を総動員させて、言葉を紡ぐ。

「だ…大地さん…す、「すまん田中」

被せるように言ったそれは、セーフだろうか。

「!」
「お前がカバー入ってんの見えてたのに、身体が勝手に突っ込んじゃったんだよ」

口数の少なくなってしまった田中の表情は、俺の言葉だけでは緩んではくれない。

「でも見ろ」
「?」
「お前の返した一本で、こっちは20点台だ!」

  笑え。不安を与えるな。

「すまん旭、すぐ戻ってくる…それまで頼む」

俺達は、こんなところで負けられない。
俺の仲間は、こんなところで折れたりしない。

「頼むぞ…!」
「当然だ。任せろ」

力強く頷いた旭に託して、コートに背を向ける。
これでも主将なのだ。自分が抜けることの与える影響は、いくらか理解しているつもりである。けれど、そんな不安をいまここで、俺自身が浮かべる訳にはいかない。

「田中、大地のことは任せろ。こっちは頼むぞ」
「はい…!」

田中に声がけをしてから、千歳がこちらへ駆けてきて、そっと背を押した。それに促されるように、アリーナを出る。嗚呼、こんな形で一時でもコートから離れることになるなんて、思ってもみなかった。

「・・・大丈夫」

すぐ隣で俺の背に手を触れたまま、ゆっくりと歩む千歳が、ぽつりと呟いた。

「俺達は、強い」

しっかりとした言葉に、思わずその顔を見返す。こちらには目もくれず、真っ直ぐに前だけを見て、力強く、ただ、烏野の勝利だけを考えている。当たり前のように、当然だと、疑いもせず、俺達の勝利を  ただ只管に、信じているのだ、千歳は。

「嗚呼、そうだな」

フッと肩の力が抜ける。
そうだ、俺も信じなければ。仲間を、自分達の努力を、俺達の力を。



診察が終わり、大事はないが念のため少し安静にするようにと言われて、救護室のベッドを借りることになった。

「じゃあ諏訪部、頼むな」
「はい」

烏養さんはコートに戻ったが、千歳は俺の横になったベッドの隣に腰を下ろした。

「千歳も戻っていいぞ?」
「・・・いや、俺もここにいるよ」

気にしないで、少し寝な。そう言って俺の髪を軽く梳いて、目の上に手のひらを乗せる。いつも冷えている指先が気持ちが良い。覆われる前に見えた千歳の表情が、やわらかで慈しむようで、安心した。信じているとは言ったものの、試合が気になってざわざわとする心の内が、そうっと撫でられていくようだった。
つられて目蓋を下ろすと、そっとその手は離れていった。少しだけ、惜しい気がする。すると、それを分かっているかのように、身体の横に投げ出されていた左手が、冷たい指先に握られた。

試合が気になって居ても立ってもいられないから、休むなど難しいことだと思っていたのに、波立っていた心をそうっと撫でられて、刺々しいものが根こそぎ拭われたような、そんな心地だった。



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