ちいさな頃の話

まだ小さな頃、近所の公園に来ていた移動遊園地のピエロに貰った赤い風船を、転んで手放してしまったことがある。
水色の空にふわふわと旅立ってしまった赤色を残念に思いながら、けれどその色彩になんだか目が奪われていて。起き上がるのを忘れていたわたしの目の前に、差し出された手のひらがあった。

「大丈夫か?」

そう声をかけられて初めて、自分が転んでいた事に気がついて。どこかへ行ってしまっていた擦りむいた膝の痛みも、風船が飛んでいってしまった悲しみもそこから急に湧き出してきて、その手のひらを握りしめて起こしてもらいながら涙を零した。

「うわっ、泣くなって」

つい先ほどまでぼけっとしていたわたしが急に泣き出したものだから、彼は慌てふためいていた。幼いわたしはもう泣くことで精一杯になっていて、ぽろぽろと零れる涙を必死に拭う。すると、その起き上がらせてくれた目の前の彼が、今度はわたしと視線を合わせるように屈んで。濡れた頬に指を滑らせて、困ったように眉を下げた。視界を占めた彼のその色彩に、わたしはぴたりと涙を止めて。

「・・・わあ、」

きらきらと輝いて陽の光に透ける色素の薄い髪も、先ほど見上げた空のように澄んだ水色の瞳も、これまで見たことのない色だったので。

「おにいさんは、てんしなの?」

引き寄せられるままに、今度はすっかり固まってしまった目の前の彼の頬に、自分がされたのと同じように手を伸ばした。最近絵本で見た神様の使いに、彼と同じような色彩のひとがいたことを思い出して、そう尋ねる。彼の肌の色は絵本で見た天使とは少し違っていたけれど、けれど金色の髪に映える褐色が、また浮世離れして見えたのだ。こちらの方が、神様からの使いによほど似合う。

「は、?」
「とってもきれい」
「・・・ふふ、おかしな子だな」

大きく見開かれていた水色の瞳が、ほろりと崩れて細まり、柔らかく弧を描いた。くすくすと喉を震わせて、彼はわたしの濡れたままの頬を少し乱暴に拭うと、そのまま頭を優しく撫でてくれた。そこでようやく離された手のひらと共に、立ち上がる彼を見上げる。

「てんしじゃないの?」
「違うよ」

屈んだことでずり落ちたらしい鞄を肩にかけ直しながら笑う彼は、よく見れば近所の中学校の制服を身に纏っていた。そうか、天使じゃなくて彼も"人"なのか。そう理解しながらも、こんなにきれいな人が、神様の使いでなければ何なんだろうと首を傾ける。その答えを出す前に、目の前の彼はもう一度わたしの手をとった。

「とりあえず手当てしなくちゃな」

歩けるか?と尋ねる彼にひとつ頷く。そういえば膝が痛い事をもう一度思い出したけれど、もう涙は溢れなかった。



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