報せふたつ

三校対抗試合のとうとう最後の試練までやってきた。
その試練の直前、代表選手はそれぞれ家族との時間を過ごすことが許されて、ハリーのところへはウィーズリー家の人間が出向くこととなった。本当はライジェルとて、そうして面と向かって話をしたかったけれど。立場上、彼女とハリーにはいま何の接点もない事になっているのをよくよく分かっていたから、遠くから来賓の一人として、その勇姿を見られるだけでも充分だった。この場へリーマスのことも、ハリーに懐いている"黒い犬"のこともダンブルドアは共に呼んでくれたのだから、それで充分だったのだ。なのに、



「ッ、」
「ライジェル、どうしたんだい?」
「・・・ッぁ、」
「ライジェル?!」

ハリーの進んでいった巨大迷宮の中から聞こえてくる悲鳴や緊急事態に打ち上げられる閃光などを、共に隣で不安気に見守っていた彼女が、不意に小さく声を上げたと思ったら、左腕を抱えて蹲ってしまった。小さく呻いた後、視線を落として沈黙する彼女に、一体何事かとその隣にしゃがみ込めば、

「…が、」

瞳を恐ろしいほどに見開きながら、彼女は己の左腕を強く強く握って、何かを堪えているようだった。

「・・・卿が、」

再度そう呟くや否や、彼女は無言で立ち上がると、まっすぐに審査員席へと足を進めた。リーマスは慌ててそれを追う。彼の声もまるで届いていないかのような気迫に、不安と心細さとを感じる。
今か今かと、迷路の中の状況を知らずに期待に胸を膨らませている観客達とは別に、彼女の向かった先の運営陣はざわざわと不穏に揺れており、何かが起こっていることは近付くほどに明確だった。情報の統制をとるダンブルドアは、珍しいほどに恐ろしい顔をして指示を飛ばしていたが、早足で歩み寄る彼女の存在にはいち早く気がついた。

「ライジェル、」
  卿が、力を取り戻しました」

他人の前では  それこそリーマスの前でも容易に明かすことのない、その左腕の袖を  ダンブルドア以外にも何人かの人間が見守る中、なんの躊躇もなくずるりと引き上げた彼女に、周りの者が息を呑んだ。
  それは、恐怖の象徴。災厄の印。
彼女が普段どれほど温和に過ごしていたとて、その過去は変わらないのだと、まざまざと見せつける闇の証。そして、その過去があったことで奇しくも知ることのできた此度の衝撃を、彼女は決して無駄にすることもなかった。悍ましく暗く濃い証が疼く様をダンブルドアやその隣に座っていたファッジにすら見せつけ、彼らがそれを確と目にしたことを確認すると早々に証明は終わったとしてそれを仕舞う彼女は、重苦しくも口を開かないダンブルドアに、掴みかかるようにして一歩前に出た。

「ハリーは  ハリーはどこに?」
「優勝杯と共に、消えてしまったのじゃ」

これまで、ただただ弱っていたはずだった、人の形すら保てていなかったはずの闇の帝王たる彼の男が沈黙を破った  そしてこの目の前のダンブルドアの明らかな焦りの滲む様子に  ハリーの身に何かがあったに違いないと、彼女は一番にその身を案じた。

「わからないのですか…?ダンブルドアともあろう者が?この1年間、何者かがハリーを狙っていたのをわかっていたはずの貴方が、この期に及んで何の準備もしていないと?」
「ライジェルッ」

ダンブルドアに詰め寄る彼女は、怒りと混乱に思考をぐるぐると占拠され、自分が何をまくし立てているのかもわからぬままに口を開いているようにも見えた。それを止めるために、リーマスは彼女を抱えるようにしてダンブルドアから引き離す。
ダンブルドアの隣では、取り乱したファッジが椅子から転げ落ちていた。マグゴナガルも息を呑み、ただただ彼女のことを見開いた瞳で見つめていた。ダンブルドアとライジェルとがただ睨み合うように視線を交わす緊張状態の中、双方から言葉が発せられる前に、第三者の出現によりその空気は離散した。

「ご主人様ッ!!」

バシッと小さな音を立ててライジェル達のすぐ側に現れたのは、見慣れた屋敷しもべ妖精だった。
その声にハッと顔を上げた彼女は、ダンブルドアから視線を外し、リーマスの拘束から抜け、クリーチャーのもとへと駆け寄った。何かを言いかけて彼女が口を開くよりも前に、クリーチャーが神妙な面持ちで頷いてみせる。それだけで何かを察した彼女は、予断を許さない状況に顔を上げてダンブルドアを振り返った  が、そこには僅かな迷いが浮かんでいた。ならば、

「ライジェル、ここは私に任せて」
  リーマス、」
「だから、君は早く行くんだ」

クリーチャーが、この場へ現れたことの意味を、リーマスは正しく読み取っていた。彼女の大切なものに何かが起こった  それならば、そこへ駆けつけられるのは、彼女だけだ。そして、彼女の大切なものを、リーマスも大切にしたいと思っているから  安心させるように、深く頷きを返して。

「ごめんなさい、リーマス」

いくらダンブルドアの信頼を勝ち取っているとはいえ、元死喰い人の彼女を、今この場から退出させることの危機感に  誰かが気がつくことよりも早く。

「行きなさい、ライジェル」

ダンブルドアまでもが彼女を促して、そうして彼女はクリーチャーと共にその場所から姿を消した。



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