痕跡一つ

「今年、ホグワーツで起こった事件については知っていると思うが、」
「ええ、貴方からお聞きした程度のことなら」

ダンブルドアからの呼び出しを受け、ライジェルは生徒達の居ない夏休みのホグワーツを訪れていた。
外の気温に関係なくいつも適温な校長室では、真夏だというのに長袖に足元まで丈を伸ばしたローブを纏った人間が二人向かい合っている。彼らの間にいつも漂う穏やかな空気は今は無く、どこかピリピリとした、固い空気が漂っていた。

「先ずはこれを見て欲しい」

そう言ってダンブルドアが取り出したのは、黒い革の手帳らしきもの 真ん中に大きく焦げ付いたような穴が空き、どう見ても使い物にはならなそうな代物 だった。今はもうその力を失っているようだったが、強力な魔力の痕跡を感じ、ライジェルはそうっと慎重にそれに手を伸ばした。

「・・・触っても?」

目線だけで頷いたダンブルドアを上目で確認し、その黒い塊を持ち上げる。開いてみると、中は白紙のページばかりだったが、内側に薄っすらと署名があるのを見つけた。

 T・M・RIDOLE 

リドル  聞いたことの無い名だったけれど、その手帳に残された名残のようなものが、ライジェルに僅かな違和感を訴える。何か…これを、どこかで感じたことがあるような気がしていた。
私は、この手帳の持ち主を知っている 

「今回の事件の要因が"これ"だった」

過去の記憶を掘り返して手帳の持ち主について考え込んでいたライジェルに、ダンブルドアはそう声をかけた。顔を上げて、その水色の瞳と見つめ合う。今回の事件 スリザリンの継承者を名乗る何者かによる、生徒達の一連の石化騒動の事だ。この事件はホグワーツ内部に留まらず、あのダンブルドアですら解決することのできない、とんでもない危機が起こったとして、イギリス魔法界中から注目されていた  つい先日解決し、その解決に一役買ったとしてハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーという生徒がホグワーツ特別功労賞を授与されたばかりだ  そう、学期が始まる前に、書店で出会った彼らだ。

「これが要因?このT・M・リドルという生徒がスリザリンの継承者だったということですか?」
「いかにも。この者は50年前に秘密の部屋を開き、一人の生徒を殺害し・・・そして再びホグワーツへと舞い戻って来たのじゃ」
「50年前・・・そんな時代の人物が今さらどうやって、」
「少女を一人、その手練手管によって唆したのじゃ。これを使って」

そう言ってダンブルドアはライジェルの手から手帳を受け取ると、ぱらぱらとページを捲って文字の無い筈のそこへ視線を落とした。

「16歳の自分をこの中に閉じ込めた。そしてこの日記に書き込みをした少女とやり取りをする中で魔力を吸収し、やがてその意識すら支配し、今回の騒動を引き起こした」

所有者の手を離れた物に自らの意志を閉じ込める方法はそんなに多くはない  しかも50年も昔に作成された物であること、そしてダンブルドアの口ぶりからすると、ほんの少し考えることの出来る物になっただけではなく、まるで本人そのものが保存されているかのような精巧な物だったのだろう。そんな事を可能にできるのは、それほどに強力な魔力と深い知識、そしてそれを扱うことの出来る実力を持つ限られた天才かつ  闇の魔術に精通している人物  

  ヴォルデモート卿」

その答えにたどり着いた瞬間、ライジェルの瞳は鈍く輝いた。彼女にとって、ヴォルデモート卿は大切なものを脅かす存在であり、シリウスを、レギュラスを、クリーチャーを、傷付けた全ての根本で  何としても排除したい、ただ一つの存在だった。

「そう  卿がスリザリンの継承者 けれどこの日記からは既に卿の魔力を感じない。完璧に破壊されている 一体何で破壊をしたのか この穴からも強力な魔力の名残を感じる  やはり卿の強大な魔力に対抗できるのはそれに拮抗するか 若しくはそれ以上の魔力が必要だろう 恐らくこれを破壊したのはハリー・ポッター しかし彼だけではそれほどの事を成すのは不可能 ならば何を使用したのか、だ 

流れるような思考と共に、聞き取れないくらいの声音でブツブツと言葉が漏れるのはライジェルが最大限に集中している時の癖であり、ダンブルドアの前でしか見せない彼女の姿でもある。

「ダンブルドア  もしかしてホグワーツには、バジリスクが ?」

いくつもの要素を指先で撫でるように掻き混ぜて、一瞬現れた流れを掴むように引き寄せると、唐突にそんな言葉が口を突いた。

「いかにも」

ライジェルの弾き出した答えに、ダンブルドアが満足そうに笑みを深めた。

「ホグワーツにそんな怪物が 成る程サラザール・スリザリンらしくはある しかしまさか幼体の筈はない 一人も死ななかった事は奇跡に近いな 卿が いやリドルが バジリスクを操ったというのだろうか という事は卿は蛇語を  
「ライジェル」

勢いをせき止めるようにかけられた静かな声に、彼女はぴくりと身体を震わせて正気に戻った。いけない、思考の海の中に没入してしまっていた―目の前でダンブルドアが苦笑を浮かべている。

「君の推測の通り、この日記を破壊したのはハリーじゃ。彼は秘密の部屋を見つけ出し、この日記の中にいた16歳のトム・リドル…そしてバジリスクと戦い、勝利した」
「日記を破壊できるほどの何かとは何だったのですか」
「日記はバジリスクの牙に貫かれて破壊された」
「・・・成る程」

サラザール・スリザリンが遺したほどの物なのだから、卿の魔力を上回ったのも納得だった。その牙を使ったということは、ハリーはリドルと相対しながらバジリスクとも戦ったことになる。まあ、ダンブルドアが何らかの手助けをしたに違いはないだろうが  

「貴方が今回私を呼んだのは、例のロケットの事でということですね」

ここまで情報を与えられ、説明を付け加えられて、察せられないほどの鈍さをライジェルは持ち合わせていない。彼女とダンブルドアの関係の全ての始まりとも言えるあの事件  あの時に彼女が対価のようにダンブルドアへと差し出したそのロケットは、何としても破壊せよとのレギュラスの言葉を受け、ありとあらゆる事を試してきたが、何を持ってしても、破壊する事の叶わなかった代物だった。それは、卿の手による闇の魔術がかけられているというだけでは説明のつかない強度であり、ダンブルドアと二人、そこから導き出した答えは一つ  これにはおそらく、ヴォルデモート卿の魂が封じ込められている。

「やはり、分霊箱ホークラックスは複数あった…」

ライジェルがそう呟くと、ダンブルドアは重々しく頷いた。

「一度魂を裂くだけでも、決して許される事ではない。しかしヴォルデモートの不死への固執は相当のものだった  予測よりもその数の多い事を、覚悟しておかねばならんじゃろう」

最早抜け殻にすぎない日記をテーブルの上に置くと、ダンブルドアはいつかのロケットを呼び寄せて机の上にそっと置いた。まだ破壊出来ていないそれの、金の装飾がキラリと光る。ヴォルデモートがいくつに魂を分けたのか、その答えを探さねばならないだろう。そしてその破壊も秘密裏に行わねばならない  破壊している事が本人に知られ、更に強固に隠されてしまえばそれまで、数を増やされてしまえば手の打ちようが無くなってしまう。と言っても、魂を裂くにしても限界があるはずではあるが  

「破壊する術が見つかったのは喜ばしい事です。バジリスクの牙の猛毒と並ぶものであればこのロケットも破壊できる事でしょう」
「君には引き続き、それを探って欲しい」
「・・・仰せのままに」

頷き返したライジェルに、漸くダンブルドアはその瞳を和らげた。



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