Severus・Snape

脱狼薬という薬が発明されたのはここ数年のことである。人狼という問題は古くから存在するのにも関わらず、この薬の開発がこんなに遅れてしまったことの所以は最早言うまでもない事だが  魔法使いは彼等を"人"として扱わないから  けれどライジェルは断固としてそれに異を唱えたい。ヒトとして生まれてきたものが、どうしてたったそれだけの事で、ヒトとして扱われなくなってしまうのか。
人狼はヒトに害を及ぼす  そう言う者もあるが、ではヒトはヒトに害を及ぼさないのだろうか?そんな事は、決して無いだろう。むしろ彼らよりもヒトの方が余程  まあいい、この問題は堂々巡りになるだけだと既に分かっている事だ。

だからつまり何が言いたいのかと言うと  満月の夜だけ半分狼に変身し、ヒトとしての理性を失い、本能のままヒトに危害を加えてしまうようになるのが人狼であるが  そのヒトを傷つけたいという衝動を抑え、元の意識を保ったまま満月の夜を越えられるようにするその薬は、素晴らしい発明であるという事だ。ヒトを傷付けてしまう事で本当に傷付くのは図らずも人狼になってしまった、人狼として生まれてしまった彼等自身であり、その衝動を抑えるという事は、何よりも彼等の心を守る事に繋がるのだから。



「ご機嫌よう、セブルス」
「・・・何故、貴様がここに居る」
「貴様なんて酷いわセブルス・・・久しぶりに会ったのに」

それは、とある夏の事だった。新学期からの授業の準備や薬草棚の整理をしていたセブルス・スネイプは、突然開かれた魔法薬学教室の扉に顔を上げ、そしてそこに立っていた人物に思わず固まってしまった  不覚である。

「質問の答えになっていない」
「あら、ごめんなさい。貴方に教わりたい薬があって来たの。ダンブルドア校長に許可はとっているわ」

気安い調子で話しかけてくるその女に、セブルスは見覚えがあった。というか、彼女のことはよく知っていた。学生時代も、そして卒業してからも彼女は己と同じものに属していた。けれど、なんなのだろう、この違和感は。彼女はこんなにも、表情豊かな人物だっただろうか?

「・・・何か変な薬でも飲まされたのか?」

だから、純粋にも何かあったのかと心配したのだけれど。だって、セブルスの知る彼女とこのいま目の前に立っている女とは印象がかけ離れている。彼女はもっと表情が無くて  

「ふふ、いいえ、私は至って正常よ」

こんな風に、柔らかに笑ったところを見るのは初めて  いや、あの頃も、弟にはよく見せていたか。

「今回教えてほしいのはね、脱狼薬なの」

そんな風にセブルスが逡巡しているうちに、彼女は彼の目の前まで来ており、材料らしきものを一揃え出現させてそう宣ったのだった。取り敢えず、校長には後ほど一言物申しておく必要があるようだ。外部の大人にまで教鞭を奮うのは職務規定違反ではあるまいか。

何故、態々彼女がそんな薬を作りたがるのか  その辺りの真の理由をセブルスが知る事になるのはずっと後のことであったが、この時の彼女は必要に駆られたという事しか教えてくれなかった。人狼と言えばセブルスにとっては苦々しい思い出の中に根付く男のことが浮かび上がってくるが、彼女とその人狼とをこの時点で結びつける事は彼には不可能なことであった。何せ、彼の知る彼女はどこまでも他人に無頓着で  学生時代の彼女にとって、森の動物達の方が余程、弟を除いた周りの人間より近しいものだったのではないか。彼女は他人を寄せ付けないのを良い事に、深夜徘徊にも禁じられた森への侵入にも城の抜け道探索にも精通していたのだから  何故それをセブルスが知っているのかと問われると、思い出したくない記憶が蘇ってくるので割愛する。手短に答えるならば、彼女はセブルスが"意図せず動けなくなっている"ところを見かけると、助けてくれるくらいの良心は兼ねてから持ち合わせていた。

「私に教わる必要などあるのか?」
「あるわ。セブルスだって、こんなに難しい新薬、気になっていたでしょう?機会があったら作ってみようと思っていた筈よ」

彼女の学生時代の成績のことを考えてみれば、難しい薬だとは言っても難なく調合できそうなものであった。疑問に思って問うてみても、彼女の返事は的の中心からズレたところをかすめて行く。ちゃっかりと材料を二人がそれぞれ作業しても余りあるくらいに揃えていて、こうまでされてしまうとぐうの音も出ずに申し出を受けるしか出来ない。この女はいつもそうだ  こうやってのらりくらりと、他人の疑問を核心から遠ざけるのが上手かった。はるかに聳え立つ壁が目の前にすぐに組み上げられるのだ。それでも、昔よりは多少とっつきやすくなったようであったが。



予想通り、彼女はセブルスの手など殆ど借りることなく魔法薬を作り終えた。脱狼薬はまだ開発されたばかりの新薬であり、検証も熟されているかと問われればまだまだ足りないという他ない薬である。材料が高価なことや、薬の効果の証明をする為の治験の"協力者"が限りなく少ないという事がその困窮を極めている所以であったが  彼女の口振りからすると、その"治験者"の目処が立っているようだということも、セブルスには薬学教授という立場的にも己の興味関心事項からしても頗る魅力的な事であった。

「どう思う、セブルス。ウルフスベーンの強毒性をこんなもので相殺できるのかしら」
「狼殺しというくらいだからな・・・むしろ、毒を飲み、人狼の"狼"の部分と相殺するという事なのかもしれん」
「そういうことなのかしら・・・きちんと発表されているのだから、人体に影響がある訳では無いという事なのだろうけれど」

青い煙の上る鍋の中身をかき混ぜながら、薬の材料の事を考えているらしい彼女の表情は優れない。これだけの難易度の薬を作り上げたことに対する喜びは全く無いようで、それよりもこれを飲む相手を心配しているようだった。彼女が他人を心配をする事があろうとは・・・いや、心配していると分かる素振りを見せようとは。セブルスの知る頃の彼女は、表情筋など終ぞ動かした事が無いという風であったのに。その中身が話してみると少しとぼけている程に通常であったことは、彼女の弟  セブルスの後輩だった方  と共に接しているうちに理解は出来ていたが。
闇の陣営からダンブルドア側に寝返った後の彼女をセブルスは知らない  この分では、ブラック家の当主がマグルに寛容な考えを示しているとかいう有り得ないような世論の常識も嘘八百では無いのかもしれない。

「誰に飲ませるのか、聞いても?」

こうも曇った表情をされると、彼女の作る薬を飲むであろう"治験者"の事が俄然気になってくる  彼女にはもう、あの頃大切にしていた弟すら残されていない筈だった。彼女もセブルスと同じ、孤独の中に埋もれているものと  

「・・・私の大切な人よ」

ちらりと視界の隅で捉えたその表情が今まで見たことのないほど優しげで、セブルスは暫し声を失って固まっていた。見間違いでなければ、今、この女は微笑んでいなかったか。

「それは・・・意外、ですな」
「そうかしら  いいえ、そうね。過去の私なら考えられない事だったかもしれないわ」

苦し紛れにセブルスがやっとの事で音にした言葉に、彼女は疑問を持ちながらも直ぐに肯定の意を示した。昔の私は、本当に小さな世界に生きていたから。そう言った彼女が、セブルスには少しだけ・・・ほんの少しだけ、眩しく見えた。



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