Nymphadora・Tonks

トンクスは自分自身がとても知りたがりであるという自覚がいくらかある。
授業で気になるところがあれば図書室でその答えを探したり、見つからなければ先輩や教授に尋ねたり。おかげで成績はそこそこ良かったし、闇払いになる権利を得られた。魔法省に入って始まったマッド・アイに扱かれる闇払いの訓練は、ホグワーツの授業とは比べ物にならないくらい刺激的で、絶対に資格を取ってやるとそれまで以上に真面目になった。けれどそんな彼女にも、闇払いになるということ以外で、気になることもあるものなのだ。

「あの、」
「はい・・・どうしました?」

いま、彼女の目の前には兼ねてからずーっと気になっていた女性が立っていた。何度か魔法省の中で見かけていた彼女の姿、そして彼女に纏わる様々な噂話。師匠であるマッド・アイは彼女にあまり良い印象を抱いてはいないようだったが、それでも他の元死喰い人―ルシウス・マルフォイやワルデン・マクネア―に対する話し振りとは明らかに差があったので、憎んでいるという程では無いようだった。他の人に聞く分にも、そして世間に公表されている情報からも、彼女に対する否定的な意見は少なめだ。けれどトンクスは彼女の家名から、それが果たして本当の姿なのか、それともただ世間にそう思わせているだけなのか、その辺りを自分の目で判断したいとずっと思っていた。
ライジェル・ブラック―母の実家の現当主―が、一体どういう人物なのか、彼女は知りたかったのだ。

「―あの、?」

声を掛けたのはトンクスの方だと言うのに、一向に口を開かない彼女にライジェル・ブラックは困惑した様子でこちらを伺ってきたので、トンクスは慌てたように言葉を連ねた。やばい、何を話すのか全く考えていなかった―

「あ、ああ、ごめんなさい!ちょっとお聞きしたいんだけど、私のこと、分かるかしら?」

口が滑って、そんな風に言ってしまった後に大いに後悔する。私のこと分かるかって、何なのだそれは。突然声をかけてそんなことを尋ねるなんて、怪しいにもほどがある。貴女はいつもおっちょこちょいなんだから―母の小言が頭の中を掠めていく。

「・・・どこかで、会ったことがあったかしら?」

ライジェル・ブラックはたっぷり10秒ほど考え込んで、そして申し訳なさそうに眉尻を下げた。思い当たる節が無いのは当たり前なので、トンクスはそんな彼女にとても申し訳なく思ってしまう。

「あ、あの、違うの。私ほら、七変化だから―魔法省ではちょっと有名で」

そう言ってポンッと髪の色を変えて見せると、目の前の彼女は瞳を大きく丸めた。そしてその後、くすくすと喉を震わせる。

「素敵。貴女はピンクがとても似合うのね」

ライジェル・ブラックがどんな人物か、ある程度は理解しているつもりだったトンクスはその反応にとても驚いた。そして考えを即座に改めた。まさかそんなに好意的に受け取られるとは思ってもみなかった―現ブラック家当主がマグルに寛容な純血だという話は有名だったが、それでも"あのブラック"なのだからとタカをくくっていたところがあった―七変化という己の能力を彼女は誇っていたけれど、それでも、この能力が必ずしも全ての人に受け入れられる訳ではないと知っていた。特に純血を誇る人々は彼女のそれを見ると決まって顔を顰める。なのに―この人はどうだろう。楽しげに微笑んで、そして、トンクスの一番気に入りの髪色を―魔法界でもこの色の髪の魔女はとんと見かけない―素敵だと言ってくれた。家族でさえトンクスの派手な色合いには難色を示すのに、彼女は、それを似合うと言ってくれたのだ!

「・・・でもこんなに派手な闇払いはいないって家族に反対されるわ」
「七変化なら自由自在なのだから、好きにしても良いんじゃない?少なくとも、私は貴女のその色が好きだし、遠くにいても見つけられるから次に会った時にお茶にお誘い出来るわ―それってとても素敵なことよ」

お仕事の時は暗い色にしていれば良いじゃない?そう言って笑う彼女の表情が柔らかくて、社交辞令かとも思った言葉が本心のようにしか感じられなくなって、トンクスはもうそれだけで、少しばかり警戒していたはずの目の前の人物のことを好きになってしまっていた。



それから、彼女は約束通り二度目に会った時にはお茶に誘ってくれたし、その時はじめて互いの名前を知った事に二人で声を上げて笑った。トンクスに言わせてみれば彼女はとてもお上品だったけれど、二人で和やかにひと時を過ごすのにそんな事はあまり関係なかったし、彼女は変なところでトンクスの常識とはズレていたので、それがお上品さをぼかして程よく息を抜いてくれたというのもあるかもしれない。何にせよ、トンクスはライジェル・ブラックと親しくなっていた。自分の母親ほどの歳なのに、彼女はどこか抜けていて可愛らしく、そして適度に大人で、少し世の中に疎くて、いつのまにか彼女の事を姉のように感じていた。
だから、いつまでもこのままは、嫌だった。そもそもトンクスは正直な人間で、だから隠し事なんて初めから息苦しくて仕方がなくて、彼女が何も思っていなかったとしても、これ以上黙っているのは、もう、自分の方が無理だったのだ。

「ねえ・・・ライジェルは、ライジェル・ブラックなのよね?」
「そうよ。どうしたの、今更」

話の繋がりも何もなく、突然意を決したように話しはじめたトンクスにライジェルはとても驚いていた。何か大事な話でも始まるのかと、彼女が持っていたカップをソーサーに音も立てずに戻し、辺りに耳塞ぎの呪文をかけてくれたのを視界の隅で捉えながら、トンクスは様々な思いで跳ね回る心臓を内心押さえつけながら彼女の顔を見上げた。

「ブラック家の当主で・・・収監中のシリウス・ブラックと、行方不明のレギュラス・ブラックの姉で、」
「どうしたのトンクス、」

どうして突然そんなことを言うのかと、彼女は困惑しきりだった。トンクスはその瞳を見つめながら、母の優しい眼差しを思い出していた。瞳の色が、どこか似ている―やはり親戚なのだと、そう感じるくらいには。

「ルシウス・マルフォイの妻のナルシッサ・マルフォイ、元死喰い人のベラトリックス・レストレンジの従妹なのよね、」
「トンクス、貴女、」

そこまで聞くと、流石に彼女もトンクスが何を言いたいのか分かったのか―驚きを露わにしてその身を乗り出した。ブラック家の家系図から抹消されているという母のことを当主である彼女が知らない筈もない―あの子はきっと私の事なんて覚えていないわ―母はそう言っていたけれど、彼女と親しくなったトンクスにはそうは思えなかった。だから、こんな暴挙に出る事にしたのだ。

「もう一人の貴女の従姉・・・アンドロメダは、私の母なの」

そしてとうとう、そう告げたトンクスは、交えたままの視線を逸らさずに真っ直ぐに彼女のことを見つめた。驚愕に見開かれた瞳の中に、彼女が好きだと言ってくれた己の髪の色が写っている。

「アンは・・・アンドロメダは、どうしてる?」
「元気よ」
「お父様もお元気かしら」
「ええ勿論」
「そう・・・良かったわ、」

ぽつりと呟いて視線を逸らし、ふう、と息を吐いた彼女は、椅子に深く腰掛けるように身体の力を抜いた後、もう一度、その優しげな眼差しをトンクスへ向けた―ほら、彼女はやっぱり、冷たい人なんかじゃない―

「ねえライジェル、うちへ来てよ!両親に・・・母に会ってくれない?貴女のこと、母は何にも知らないの」
「無理よ、会わせる顔が無いわ・・・アンは私のことをなんて言っていた?心なんて持っていない、無慈悲な女だと言っていなかった?元死喰い人なんて信用できたものではないと言っていたでしょう?」
「確かに、あんまり良い印象は無いみたいだけれど・・・でも、貴女が闇側で無いということは余りにも有名だわ!」
「何人もの純血の魔法使いが服従の呪文にかけられて無理矢理従わされていたと証言して無実を勝ち取っているわ。私もその中の一人と何も変わらない」
「・・・けど、けど!!私は貴女がどんな人なのか知ってるわ!!!」

後半はもはや叫ぶようになってしまったトンクスを、彼女はあくまでも冷静に宥めるように言葉を紡ぐ。

「貴女がそう言ってくれるのはとても嬉しいわ、トンクス。ああ―この呼び方だと良くないわね―アンドロメダもトンクスなのでしょう?」
「家族はドーラって呼ぶわ」
「それを・・・私が呼んでもいいの?」
「そんなことを言わないで!貴女は私の親戚なのでしょう?家族だわ!!」

どうして彼女はこんなにも遠慮気味なのだろう。それが酷くもどかしかった。母と彼女の過去に何かあったのだろうか。トンクスは―いや、ドーラは―母の実家に関わる話を、殆ど知らない。学生時代の話も、父と出会った時のこと以外は聞いても母はいつもお茶を濁すばかりで、はっきりとした答えはくれた事が無かった。だからドーラは未だに親戚は父方だけで、魔法使いの親戚に会ったのは彼女が初めてだった。

「貴女は素敵な魔女だわ・・・ドーラ。貴女と出会えてとても嬉しい。ねえドーラ、私はね―学生時代、貴女のようには思えなかったから…貴女のお母様には、無礼な態度を取っていたと思うわ」
「どういうこと?」

言っている意味が分からなくて聞き返したドーラに、彼女はぽつぽつと、その頃のことを話してくれた。
家族がとても大切だったこと―親戚の集まりが苦手であったこと―一緒に暮らしている訳ではない親戚を、家族とは思えなかったこと―彼女の小さな括りの中にいる"家族"を守る為なら、何でもしたこと―

「待って、じゃあ―ライジェルは、レギュラス・ブラックの為だけに死喰い人になったの?」
「それだけが理由ではないけれど…レギュラスがいない闇陣営には、何の未練も無かったわ」

彼女のその余りにも極端な考え方に、ドーラは頭を抱えた。彼女を人でなしと罵る声があったとしても、それに反論出来ないような気がしてしまう。彼女は道徳的なところが決定的に欠けていて―そして、とても愛情深いのだろう。ブラック家のような偏った主義の家に育まれた弊害そのものなのかもしれなかった。それは、分かるのだけれど。理解できるのだけれど。けれど―彼女のその生き方が、全ての人に理解されることは、きっと無い。

「今は昔よりも大切にしたいものが増えたし、他の人の考えることもある程度理解できるつもりよ。私のしてきた事が他人から見ると普通じゃないということも分かってる。だからこそ、私はアンに合わす顔が無いの―私は彼女に手を差し伸べなかったし、それはこちら側へ戻ってきてからも変わらない。今まで、貴女にこの話を明かされるまで、正直、彼女のことを考えたこともなかった」
「それは―こっちも音沙汰無かったのだから、」

彼女の自己否定の過ぎる言い分に、それは仕方がない事だと思わず口を挟んだけれど、彼女はそんなドーラに苦笑を返しただけだった。

「貴女に会えた事だけで、私には過ぎる事だわ。ドーラ、貴女が私にこんなに言葉を、思いをくれるだけで、もう充分よ」

そう言って寂しげに微笑むライジェルに、ドーラは自分に何か出来れば良いのにと歯痒い思いを止める事が出来なかった。



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