出奔

「シリウスッッッ!!!」
「ライジェル、落ち着いて!!」

これは、ハリーやダンブルドアから、三大魔法学校対抗試合の四人目の代表選手が決まった、という連絡を受け取った翌日のことだ。

「落ち着いてなんていられないわ!!あの子、また、なんて無茶な事を!!」

彼女が声を荒げることはとても珍しいことだ。流石の純血貴族出身とも言うべきか、彼女は仕草のひとつひとつ、言葉の選び方まで基本的にはいつもとても品が良い。まあ、相手によっては乱暴な言葉を選ぶこともあるにはあるようだったが・・・そんな彼女が、今、ソファにぼすりと乱雑に腰掛け、髪を乱しているのもそのままに鼻息荒く肩で息をしているのは、つい先ほどまで頭に血を昇らせて手紙をぐしゃぐしゃに丸め、放り投げていたからに他ならない。その手紙―というよりも捨て台詞―が、怒りのあまりに燃えて炭になってしまったことだけはここへ記しておこう。それにしても、彼女が癇癪を起こしたことなど、この十年共に居たリーマスにも初めてのことだった。

「居ても立っても居られなかったんだろう、シリウスはそういう奴じゃないか」

怒れる彼女を宥める為に紅茶を淹れながら、リーマスは苦笑する。ワールドカップの件から大切な名付け子への心配が積もりに積もっていたシリウスに、堪え性などもともと無かった。いつかはこうなることは予想できたことだった。けれど、こういうふうに怒りを露わにする彼女を見ていると、あの粗暴で豪快なシリウスと、普段は穏やかでどこか抜けているこの目の前の彼女の間にも、血の繋がりを感じてしまう―勿論それは外見から嫌でもわかることだが―内面については学生時代の彼らは似ていないにもほどがあった―シリウスも昔は、激情すると宥めるのには苦労したものだった。大体はピーターがその役を勤め、ジェームズが火に油を注ぎ、そして更にヒートアップしたところへリーマスの静かなる圧力により無理やり鎮火させるのが常であった。まあもっとも、彼女は彼ほど手のかかる訳ではないのだが―それに今回のことだって、原因はあのシリウスなのだから、どうしたって一番手のかかるのは彼である。

「だからって何も、出て行かなくたっていいでしょう・・・本当に考え無しなんだから、」

はあ、と溜息を吐いて顔を覆った彼女の隣に腰掛けて、リーマスは本当にね、とその肩を撫でた。彼女やシリウスがハリーから、三校対抗試合の"四人目"の代表選手に選ばれてしまった、ゴブレットに名前を入れたりなんかしていないのに、という手紙を受け取ったのはつい昨日のことだった。これは何者かの陰謀に違いない、ハリーの命が危ないと大いに狼狽えていたのは件の彼で、だからこそ彼の動向には気をつけようと彼女と話していた矢先にこの事態―どうやら、そういったところはシリウスの方が一枚も二枚も上手だったようだ。流石、7年間ホグワーツで教授陣や管理人の手を大いに焼かせ続けてきた経歴は伊達ではなかった。包囲網が張られる前に早々に、彼は深夜、日の昇る前からひっそりと準備を進め、この館から抜け出したようだった。
翌朝、窓をつつく嘴の音で目覚めた彼女の怒りといったらそれは凄まじいものだった。何せ、ここに直接手紙を送ってこれるのはこの場所を"知っている"人物だけなのだ。他の彼女宛の手紙は本邸に届き、毎朝クリーチャーが必要なものだけ絵画を通じて転送してくれるようになっているし、リーマス宛のものは外出の度についでに自宅に取りに帰っているのだ。そうなると、その今朝の手紙の送り主は自然と限られる。ダンブルドアからの緊急かと思って受け取った手紙が、同じ建物で眠っているはずの弟からの家出報告で、しかも出先からの走り書き―暫く帰らない―の一文のみなどと、そりゃあいくら彼女が彼を溺愛しており、何でも許してしまう甘々だからと言っても限度があった。

「大丈夫、きっと上手くやるよ。吸魂鬼と闇祓いが束になっても見つけられなかった男だ、彼を脅かす危険なんて早々無いさ」
「そうね・・・大人しく家に篭っているタイプの子じゃないものね、いつかはこうなってたんだわ」

仕方がないと、眉尻を下げて彼女は微笑む。なんだかんだで、どうしたって、いつも彼女はシリウスを許すのだ。それは少し、羨ましい。どうしたって切れない繋がりが、この二人にはあるのだ。

「次に会ったらお仕置きしなくちゃ。手伝ってね、リーマス」

先ほどまでの激昂ぶりをすっかり治めた彼女は、そんなふうに巫山戯た言葉を吐き出した。困った友人にはお灸を据えてやらねばならない。彼女と二人で手を組めば、それはそれは効果的な灸になるだろう。

「まかせてくれ、得意分野だ」
「それは頼もしいわ」

リーマスは彼女の言葉に真面目な顔をして返すと、二人で顔を見合わせてくすくすと笑いあった。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -