心を通わせる

まず、身体中がズキズキと痛む事に眉根を寄せた。身体が重い。目を覚ましたリーマスは、昨晩の出来事をゆるゆると思い出し、そしてハッと瞼を持ち上げた。

「酷い汗。傷が痛むの?」

最初に彼の目に映ったのは、心配そうにこちらを覗き込んだ、昨晩共にいた男と同じ色の瞳だった。そしてそれは、彼の最も身近で親しい人のもので、そっと汗を拭ってくれるその手つきも、不安そうに眉を下げた表情も、とても良く知っていて、心地良いと思うほどの―なぜ、彼女が目の前に?リーマスの脳みそは昨晩からフル稼働している所為かはたまた寝起きの為か上手に働いてはくれなかった。

「ライジェル・・・?なんでここに、っ痛、」
「急に動いたらダメよ。マダムから見張っておくように頼まれているの」

思わず起き上がった身体に走った痛みに顔を顰める。よくよく見回せば、そこはホグワーツの医務室のようだった。だったら、尚更のこと、何故彼女はここにいるのか?声を落として、奥に子供達が寝ているの。そう言う彼女に頷き返すも、リーマスの動揺は治らない。子供達?というか、そう、昨晩の!

「シリウスは・・・?!」
「落ち着いて。シリウスの事はハリー達が何とかしてくれたの。ペティグリューは逃してしまったそうだけれど」
「っ、私のせいで、」
「それは違うわリーマス。シリウスも軽率だった・・・そうでしょう?それに、衝撃的なことが連続して起きたのだから、冷静さを失ってしまうのは当たり前のことだわ。シリウスは逃げ果せたし、大切な人達に無実を証明することができた。それだけで、どんなに喜ばしいことか」

思わず大きくなりそうだった声を彼女に塞がれる。慌てたように耳塞ぎの呪文を辺りにかける彼女を尻目に、薬を飲み忘れなければと唇を噛む。あの場で理性を失うことが無ければ、もしかしたらペティグリューを逃がさずに済んだかもしれないのに。けれどそんな悔いも、彼女の言葉で防がれてしまう。嗚呼、そうだった。私は何よりもまず、彼女に謝らなければならないのだった―

「ライジェル、私は君に謝らないといけない、シリウスを信じる君を信じられなかったことも、大人気なく喚いたことも、」
「待って、謝るのは私の方でしょう?貴方の主張は最もで、私の希望はただの独りよがりの我が儘だった。偶々、私の希望通りの真実が手に入ったというだけのことだわ」

気が動転して早口に言葉をまくし立てるリーマスに、彼女はゆっくりと、言葉を噛み締めるように単語を並べて落ち着かせてくれた。いつの間にか握られていた右手から温もりが伝わってくる。彼女の体温を感じたのは、随分と久しぶりのことだった。

「それよりも、私が怒っているのは、貴方が薬を飲むのを忘れたことでこんなに怪我をしてしまっているという事だわ。今回は仕方がなかったと思うけれど、どうかこれからは気をつけて。私の大切な人の身体に不注意で傷をつけるのはやめて頂戴」
「それは、」

昨晩の様々を、それよりもなんて一言で片付けてしまうライジェルに苦笑する。彼女にとって、シリウスが無事に逃げ果せたということがきっと何よりも重要で、無実が公に証明できなかったという事は大した問題では無いのだろう。外へ向けた体面に興味のない彼女らしいことだった。そんなことを考えていたリーマスに、彼女は少し眉根を寄せて顔を覗き込んでくる。

「リーマス、反省して」
「・・・ごめん、」

何だか、いろんなものを飛び越えて、すごく照れくさいことを言われているようだと、気がついた時には謝罪が口を突いていた。伏せたままだった視線を上げると、目の前の彼女が、とてもとても柔らかく、甘く微笑んでいたのでリーマスはその表情に釘付けになってしまう。心なしか、顔が熱かった。

「貴方が無事で、本当に良かった」

嗚呼もう、彼女はいつも本当にどうして―こんなにも簡単に、私を許してしまうのか。

「ライジェル、」
「貴方が居ない間、私、とても頭を悩ませていたの。このままリーマスが帰って来なかったらどうしようって。本当は、貴方にすごくすごく、会いたかった」

もう、ダメだった。
自分は彼女に相応しくないとか、自分の人生に彼女を巻き込むことなど出来ないとか、大切なものを作って、また失うのが怖いとか、今まで散々悩んできた事が全て些細な事に見えてしまって、衝動のまま、リーマスは彼女を腕の中に引き寄せて抱き締めていた。ガタッと音を立てて、彼女の座っていた椅子が倒れる。身体が軋むように痛かったけれど、それも気にならないほどに、彼女が愛しくて愛しくて、堪らなかった。

「ライジェル、私は・・・君の事を、大切に思っている、誰よりも―君を愛してる」
「リーマス、」
「すまない、愛してる。愛しているんだ・・・」

ぎゅう、と力を込めて腕の中の華奢な身体を感じていると、彼女の腕が背にまわった。

「私も、貴方を愛してる。ずっと、」

ずっと前から、同じ気持ちだったのはお互い気がついていた。けれど踏み出すのが怖くて、これ以上大切なものを増やして、また失った時の喪失感に今度こそ耐えられる気がしなくて。ずっとずっと、逃げていた。けれど、もう、無理だった。溢れ出してしまった、これ以上、胸の中に留めておくことなど出来なかった。
けれど、幸福だった。これ以上ないほど、彼女をこの腕に抱けること、その先に触れられること、髪を梳き、頬を擽り、鼻先を触れ合わせ、そして―そっと、一度だけ唇を合わせて、二人は微笑み合った。



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