月を数えて

シリウスが脱獄してから、ライジェルの元へ送られてくる手紙は明らかに増えた。単純に彼女を心配するもの、心配していると書きながら釘を刺してくるもの、取り繕いもせず警告してくるものや、脱獄犯の家族だからと謂れのない誹謗中傷の書かれたものもあった。本意でない手紙に見て見ぬ振りをすることは学生時代から慣れっこであったが為に、そういうものはさっさと暖炉に焼べてしまったが、心配してくれているものにはそういう訳にもいかないのが最近の彼女の悩みの種でもあった。中には顔を見せに来いというものまである―心配して貰えるのは嬉しいのだが―彼女の心配をする多くは、彼女が脱獄犯の姉と世間から悪く言われることに同情的なものが多い。けれどそうして言われても、彼女はシリウスの無罪を未だ信じているし、顔も知らない他人に何を言われてもどうとも思わないくらいには図太い神経を持っていて、正直、ありがとうと思うくらいしか出来ないのである。
そんな風に日々の手紙を捌きながら―最近は大臣も気を使っているのかお呼び出しが少ない―彼女はシリウスの行きそうなところ、彼の行動パターンを探しに探して探し尽くして考えて、それから探すのを辞めていた。彼女は大臣から、彼が脱獄する前に最後に会った時のことを聞いていた―アイツはホグワーツにいるーその相手が誰であれ、どうあってもシリウスはホグワーツに向かうだろう。そしてあそこにはダンブルドアがいる。彼ならば、シリウスから何の話も聞かずに事を進めたりしないと、ライジェルには確信があった。



「随分と大変じゃったようじゃのう、ライジェルや」

それから彼女がホグワーツに呼ばれたのは、そんなに先の事ではなかった。校長室で見たことのないお菓子―ダンブルドアはマグルのお菓子が好きだ―と一緒に出された紅茶を飲みながら、彼女は視線だけでダンブルドアを一瞥する。

「私がそれをあまり気にしていない事はご存知でしょう」

つん、と澄まして顔を背ける彼女が、そんなダンブルドアの社交辞令的な労いもそこそこに、そういえば、とたったいま思い出したかのように口にしたのは彼女の同居人の名だった。内心はそんなことよりも、といったところだとダンブルドアにはよくよく分かっていた。

「リーマスはお元気かしら?」
「おう、おう、元気じゃとも。彼の授業は生徒達にとても人気がある。分かりやすくて面白いと評判じゃ」

ダンブルドアが水色の瞳を細めてそう言うと、彼女は酷く嬉しそうに、まるで自分のことのように幸せそうに微笑んだ。そんな彼女の表情を見ていると、ダンブルドアは10年前の自分の判断を褒め称えたくなるのだ。
放っておいたら消えてなくなってしまいそうな危うさと、人間らしい喜びを一切知らないような、こちらの方が苦しくなってしまうような自己犠牲的な考えを持つ彼女を、いつのまにか見ていられなくなっていた。大切なもの、抱えているものが手のひらから零れ落ちてしまって、それを拾ったり、新たなものを抱えたりすることすら知らない彼女に、ダンブルドアは温かなものを与えてあげたかった。それがリーマスだったのは偶然とダンブルドアの僅かな希望が合わさった結果だったが、彼も彼自身の抱える問題から他人に深入りするのを鼻から諦める節があったので、ダンブルドアは彼にも人並みの幸せを手に入れて欲しいと願っていて、だから二人を引き合わせてみたのだ。己に真の感謝と信頼を示す、この二人の幸せはダンブルドアの幸せでもあった。

「シリウスの事で彼とはギクシャクしていたと聞いたが?」
「嗚呼・・・そうですね。私よりも、彼の絶望は大きかったでしょうから。でも、私も譲れなくて・・・彼には悪い事をしたと、反省しているんです」
「リーマスも寂しそうにしておったよ」

彼がホグワーツに経った後に書置きに気付いた彼女は、急ぎ守護霊に伝言を頼んだのだ。まさかその時には、守護霊が吸魂鬼の団体に出くわしてあちら側から更なる魔力を求めてくるとは思いもしなかったが。

「何度か手紙のやり取りはしていますが・・・やっぱり、彼が居ないのは寂しいですね」
「会ってはいかんのか?」
「私が校内に入ったと知られたら、色んな方から抗議されるのは貴方ですよ、ダンブルドア」

首を傾けるダンブルドアに彼女は苦笑する。今回の事で、彼女のことをやはり信用出来ないと言う者も多い。シリウスが彼女のことを頼る可能性もあるからと、闇払いを"護衛"と言う名の見張りにつけられそうだったのを何とかしてくれたのは目の前のこの人であるというのに。

「それこそ、そんなものを気にすることはないよ、ライジェル。儂は君のことを信頼しておる」
「・・・忠実なる手駒の一つとして?」

ダンブルドアの言葉に彼女がそうやって返すと、彼は苦笑を返してくれる。照れていて態々そういう言葉を選んでいると分かっているのだ。

「君は意地悪なことを言うのう」
「嫌いじゃないでしょう」

信頼してくれるとはいえ、盲目的にではない。あくまでも相互利益の為に、狡猾に、スリザリンらしく。彼女のその狡賢さが、ダンブルドアからの信頼を厚くする所以でもある。ダンブルドアが彼女の深いところ、本当に大切なものを真に理解しているからこそ・・・彼女が己を裏切らないということを、彼は知っているからだ。



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