かすが

ザクザクと、冷たい雪路を行く。
何故こんなひ足元の悪い真冬にわざわざ外を歩いているのかと言うと、それはこんな時期にそちらへ訪れると言っても、行く先の主人が迎えを寄越してくれるのを知っているからであり、彼女がそれに甘んじるようにして気まぐれであるからである。その彼女の気まぐれの所為でいま、国元のお殿様は大層お冠であるのだが、それは彼女の知った事では無かった。

「おい!何でそんなに薄着なんだお前はっ!」
「あ、かすがちゃん久しぶり〜」

真っ白な空から音もなく現れた声の主を見上げ、彼女はそんな風にのほほんと答えた。ほら、やっぱりお迎えが来てくれた。鈍色の空から降り積もる真っ白な雪の中、その金糸がきらりと輝くのを見るのが彼女は殊更好きなのだ。だからわざわざ、奥州も越後も雪で閉ざされ、おおよそ人の徘徊する季節では無い時に、こうして足を向ける。顰めっ面で目の前に降り立つお迎えの彼女ににっこりと微笑めば、ふわり、と次の瞬間には身体が宙に浮いていた。

「もう少し我慢していろ」

心配した様子で眉根を寄せる可愛い子の腕の中、彼女は忍の俊足で越後まで運ばれた。



そのきらきらしい美しい髪をにこにこと眺めながら運ばれていれば直ぐ、春日山城のどこかへ到着したらしくそっと下ろされる。決して寒くなどなかったのは、屹度彼女が何かしていてくれたおかげなのだろう。

「ありがとう」
「・・・け、謙信様がお前を迎えに行けと仰るから仕方なくだな、」
「(かーわーいーいー)うん、いつもありがとうねぇかすがちゃん」

この素直じゃない忍がこういう言い草をするのはいつものことで、それを軽く往なしながら話すのが彼女は好きで仕方がなかった。

「だ、だから私は謙信様に命じられたから来ただけだ!!お前に礼を言われる筋合いはない!!」
「(わかったわかった)かーわーいーいーっ」

だからついつい、そう、ついだ。素直じゃない彼女の気を荒立てない為に、言わないようにと気を付けている心の声が、ついつい漏れてしまったりすることもある。

「なっ!可愛いとは何だッ!!」
「はっ・・・ごめんごめん、心の声が漏れてしまった」
「貴様っ私を馬鹿にしているのか?!」
「馬鹿にしてないよーほら、謙信のとこ行こう、ねー」

彼女をバカにしているなどというつもりは全くない。むしろ、よくこうして謙信への一途な忠義を違えずに努めているななどと関心すらしているくらいである。いやまあ、この戦国には彼女に負けない忠義者は割りかし多いのだけれど。と言ったって、彼女の忠義心は周りのそれらに勝るとも劣らないだろう。普段から盾として矛として、つるぎと一言呼ばれればどこからも駆け付け主の前に傅く、それに恋とかいう名前を付けてにやにや見守る男を知ってはいるが、彼女のそれはどちらかと言うと愛に近い。ただ傍にいたいだけ、とびきり大切にしたいだけ、人一倍優しくしたいだけ。無欲なそれは、見返りを欲さない。

「おいっ!押すな!話を聞け!!」
「うんうん、謙信に言われて来てくれたんだよね、かすがちゃん」
「ふんっ!私が謙信様の命を反することなどあり得ないからな」
「(ああもう何この子ほんと可愛い・・・!)」

彼女は根が優しいから、誰よりも優しいから、この戦世に於いてだってそんな温かなものを平気で抱くことができるのだ。その優しさは、それを目にする周りの者に彼女へ対する愛しさを抱かせる。その身が忍の身であるが故に悩みも多いようだと聞くが、そんなことを気にせずにいついつ迄もこのままでいて欲しいと、彼女を見守る者達は想っているのだ。

「謙信様。虎哉和尚が到着致しました」
「ごくろうさまでした、わたくしのうつくしきつるぎ。かのかたをなかへ、そしてちゃを・・・いや、さけのよういを」
「はい・・・っ!」

まあそれにしても、彼女のこの主へのしおらしいデレデレ具合には何度見ても生温い笑いが込み上げてくるが。それに比べて私に対するこの扱い、

「早く中へ入れ!まったく、そんな薄着でこの真冬に遠出などという無茶を・・・」

粗野な物言い。他の者(特に甲斐のお忍びくんとか)に比べれば随分とマシであるこれも、主へのそれを前にすると途端に霞む。でも己に対するこれも、彼女の素直になれない性格故というのが分かっているし、口とは反対に羽織を掛けてくれたりと甲斐甲斐しい様から愛がそりゃあもう滲み出ているので、ツンデレの彼女に世話を掛けるのはこれだから止められないのである。

「とおいところをわざわざすみませんでしたね」
「いや、ここへ来るのは私も楽しみだからね」

たぶんこの心境は目の前に座っているこの男も同様なのだろう。くつりくつりと笑い合い、差しつ差されつ酌をして、美しきものを愛でながら、越後の冬は深まってゆく。



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