生き残った男の子

「ポッター・ハリー!!!」

その声を聞いた瞬間、ざわざわとしていた大広間は静まり返った。
あの"ハリー・ポッター"がほんとうに入学するらしい。そんな噂は特急列車の出発と同時、この大広間にいる在校生中に須らく知れ渡っていた。本当に、ここの生徒達は噂話が大好きだ。みんな好き勝手に彼のことを話していた。なんでも、額の傷は大きくて彼の顔はとても見れたものではないだとか、高慢ちきのいけ好かない奴だったとか、いや小さくて潰れちゃいそうな見かけであれが本物なんて信じられないだとか。

「なんか、思ったより普通だな」

友人のジェイスが横でそんなふうに呟く。それにこくりと頷き返して、古ぼけた帽子の被せられている眼鏡の小さな男の子を見守った。不安と期待に彩られた瞳は、それまでの同じ同級生達と一緒だ。生き残った男の子と囃し立てられていたとしても、眞紘には他の子と何も変わらない、まだ11歳の男の子にしか見えなかった。

「グリフィンドールッッッ!!!」

叫ばれた寮名に、一番右から爆発したような歓声が上がった。ポッターを取った!!そんな声も聞こえる。明らかに残念がるのはスリザリン、まあそんなもんかと思っているのはレイブンクロー、よかったねえと顔を綻ばせているのがハッフルパフ、というところだろうか。寮格差なんて馬鹿げているが、それでも各寮に配属される人間の大まかな性格差はやはりあるので、この寮分けの仕組みの中でそこは面白いものだと思っている。自分の寮の性格は、自分に合っているとも思うし。

「ジェイス、野菜食べないと駄目だよ」
「・・・はあい、ママ」
「ほら、ニンジンは食べなくても良いから」
「わかったよ」

始まる宴。肉に夢中な友人の皿に野菜を追加する。嫌そうな顔をしながらも、何だか学校が始まったって感じがするなと彼は笑った。俺が取り分けなくても自分で食べろよと注意するも、調子よく無視されてしまった。反対隣に座っている年下のセドリックはきちんとバランスよく食べているのに、この友人ときたら味覚がまるで新入生と同じなので眞紘はいつも苦労しているのだ。

「君も、これ食べな」
「あ・・・ありがとう」

小さな頭が何人か混ざっている近くのテーブルで、向かいに座っているやはり偏った食べ方をしている子に皿を差し出す。頬を僅かに染めたその男の子は、別に嫌そうでも無くそれを食べた為、もしかしたら遠慮して料理を取れなかったのかもしれないと察した。

「俺はマヒロ・ヒイラギ、5年生だよ。魔法界は初めて?」
「あ、ぼくはジャスティン・フィンチ=フレッチリーです。うん、両親とも魔法は使えないんだ」
「じゃあ手紙が来たとき驚いたね。分からない事があったら何でも聞いて」
「ありがとう…」

素直な子は好きだ。にっこりと笑いかけるとまた少し頬が紅潮する。照れ屋なのかもしれないなと思っていると、左隣のセドリックに名前を呼ばれた。

「マヒロ、そういえば休みの間はどうしてたの?」
「少し出掛けたりしたけど…いつもと変わらず篭りきりだよ。セドはバカンスだったんでしょう。さっきのギリシャの話、続きが聞きたいな」
「素晴らしかったよ!マグルの宗教の神殿はとても面白くて…あの時代は魔法族が入り混じって生活をしていたから、いろいろと隠し通路があって、マグルには分からないようになってるんだ・・・それから、」

セドリックのお土産話は興味深かった。たまにジェイスの皿に野菜を入れ込みつつ、ジャスティンに料理を取り分けつつ、相槌しながら夜は更けていく。ハッフルパフ寮生はみんなもうすっかりハリー・ポッターのことなんてみんな頭になくて、目の前の料理や久しぶりにあった友人に夢中。このマイペースさが、全くこの子達の良いところだよなあ、と眞紘は笑み深めた。





新学期も始まって、暫く。この時期は新入生に合わせて上級生の授業は比較的少なめである。ヒマを持て余して図書室へ向かっていた眞紘の視界に、何だか困った様子の小さな頭がふたつ入った。

「ロン、どうしたの?」

もうすぐ授業が始まるというのに、教科書を抱えた小さな男の子が二人、廊下を右往左往していた。その片方は明らかに知り合いで、見兼ねて声を掛けると、赤いネクタイを締めたその二人が振り向いた。見知った赤毛の方は、こちらを見て途端に破顔する。

「マヒロ!!助かった!僕たち変身術の教室に行きたいんだけど、迷っちゃったんだ」
「久しぶりだね。それだったらそっちじゃなくて、こっちだよ。ついておいで」

嬉しそうに駆け寄って来た彼の頭を撫でる。両親のおかげで知り合ったこの一家の赤毛は遠くから見ても見間違えることなく、そして一家総じて気持ちの良い人達で、眞紘は彼らがとても好きだ。家族を亡くした眞紘のことをとても心配してくれていて、幼い頃から親戚のように付き合ってきてくれた人達であった。

「君もおいで」
「あ、ウン・・・」

ぼんやりしていた彼の手をとる。早くしないと、目の前の階段が動いてしまっては遠回りなのだ。ロンに持っていた本を渡して、彼の手も掴む。動き始めた階段に遅れないように軽く魔法をかけて跳躍して、ふわりと着地すると二人は驚いたように瞳をぱちくりとさせていた。

「うわァ!すごいやマヒロ!!いまの何?!」
「呪文だよ。君達にはまだ少し、早いかも」

興奮して瞳を輝かせるロンに苦笑い。固まっている隣の彼に視線を合わせるように覗き込むと、ハッとしたように視線が交わった。

「ありがとう・・・えっと、マヒロ?」
「うん、マヒロ・ヒイラギ。ハッフルパフの5年生だよ。君は?」
「え・・・?」

きちんとお礼を言える子なのだと頬が緩む。別に礼を言えとは思わないし気にしないが、その律義にさは好感が持てた。名前を名乗って聞き返すと、どうして、と瞳が見開かれた。知らないの、と続きそうな表情に納得する。彼はきっと、ここへ来てから自分を知らない"誰か"に会わなかったのだろう。誰も彼もが自分を知っていて、当り前のように名乗る前に名前を呼ばれる。それは、眞紘の感覚からすれば、あまり気持ちの良いものでは無いと思えた。そこそこにホグワーツの中でも名の知れている彼ですら、知らない人から名前を呼ばれるのはあまり好ましくないのだから。

「組み分けの時に見たから、知ってるけれど。はじめましてだからね。君の名前は?」

そう言うと、驚いた顔は口の端がむずむずと動いて、堪えられない笑顔になった。

「ハリー・ポッター!」
「よろしく、ハリー。さあ二人とも、急がないと間に合わないよ」

元気よく名乗ってくれた彼にこちらも笑顔を返して。もう一度彼らの手をとって、廊下を速足で駆け抜けた。


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