気持ち違い、見当違い
そんなこんなで、雛乃が行きすぎた兄弟愛をぶちまけ、入江達から慰めと憐憫の混じった視線を注がれている頃、
一方で。
「……クローム、おーい。起きてるんだろ?」
コンコン、とドアを控えめにノックし。
「……あーあ、どうしよ。さすがにここで部屋入るほど気心知れた仲じゃないし……」
片手に湯気立つ料理の載った盆を持ったまま、宮野雛香は途方に暮れていた。
***
「……そもそも、なんで俺が……」
ボヤきつつ、雛香は目の前に立ち塞がるスライド式のドアを眺めて息を吐く。
思ったより修行が早く終わったのもつかの間、アジトに帰った途端に目の前を女子2人に塞がれお盆を差し出され、必死の様子で頼み込まれてしまったのだ。
『クロームちゃんに、なんとかご飯を食べて欲しいんです!』
『お願い、雛香君……夕ご飯の後でもいいから』
『え、いや、いいけど……って、なんで俺が?』
『そこは女の勘です!察してください雛香さんっ!』
『疲れてるとこに申し訳ないんだけど、でも、もうこれしかない気がするの……』
『最終手段が俺?!』
明らかに間違っている気がするのだが。あと女の勘ってなんだ。
『お願い!』『お願いです雛香さん!』
ずいっと真っ直ぐこちらを見つめる4つの目に迫られて、雛香はかつてないプレッシャーに後ずさりしつつ目を泳がせ、結局――。
***
「……女子って怖い」
呟き、雛香はブルッと体を震わせた。あの時ハルと京子の目から発されていたのは、完全に人を「イエス」と言わせる何かだった。下手すると敵との戦闘よりも怖い。
「っつってもなあ……」
チラリ、返事の無いドアノブに視線を落とす。
何日も食事をとっていないクロームのことは、雛香ももちろん心配だった。自分と大して面識もない女子2人(特にハル)が、あそこまで必死に頼み込んでくるほどだ。よっぽどクロームは心配されているのだろう。
だからこそ、雛香も何とかしたいと思うのだが。
「……これって侵入したら、俺完全に犯罪者だよな」
困った。お盆片手に雛香はうーんと考える。
ちなみに数日前、10年後の自宅に不法侵入した事実は雛香の頭に当然無い。
「ん?」
同い年の女の子の部屋に合法的に侵入する(字面にすると余計にえぐい)方法を真剣に考えていた雛香は、不意に感じた人の気配に振り向いた。
一瞬誰もいないのかと思ったが、違和感を覚え足元へと目を落とす。
「晩上好!」
「え、……イーピン?」
戸惑い気味に目をぱちぱちする。なぜ彼女がここに。
困惑する雛香を見上げ、ひとつおさげに黒髪をくくった小さな少女は、ニコッと笑うと、そのままためらうことなくドアへと進んだ。
「えっ、ちょっ、イーピ、」
「懦夫!」
「は?!いやいや俺中国語は得意じゃないから何言ってるかサッパリ――」
「……雛香?」
げ、と雛香の顔が引き攣った。