君を咬み殺す3 | ナノ




保ちたい距離、保てない心
「……隼人、なんでここに」
「話があるんだ」

 驚き、目を瞬く。
 入江正一の元から帰ってきていくばくか、もう皆とっくに食事など終えて、食堂から出ていったとばかり思っていたのに。

「話?俺に?」
「他に誰がいんだよ」
「いや、隼人もついに雛乃の魅力に気が付いたのかな、と」
「ちげぇっつーの!それはてめぇだけだ!」

 大体それにしたってお前に話しかけんのはおかしいだろ!と喚く獄寺に、思わず笑う。

 嬉しかった。純粋に嬉しいと思った。
 ミルフィオーレ突入前、あれだけ色々あった仲だ。実際アジトに帰ってきてから、なんとなく互いに避けている節はあった。だから、嬉しい。
 笑う。ちょっとだけ元に戻れたかなという思いが、頭を掠めた。

 こちらを見、なぜか獄寺が顔を隠すようにぐしゃっと前髪をかき乱す。その手の下、僅かに覗く頬が赤くなっていくのを、雛香は不可思議な思いで眺めていた。
 なんだ、今どこに照れる要素があった。

「……てめぇはなんでそう普通に笑って、」
「んー?」
「……あーくそ、バカバカしくなってきた」
「は?」
「やめだやめだ!てめぇは結局いつもと変わんねぇし、謝るのがアホみたいに思えてきた!じゃあなこのブラコン男が!」
「はあ?!ちょ、待てよお前な、話しすんのか罵倒すんのかどっちかに、」

 なぜか頭を乱暴にかき、不意に背を向け歩き出す獄寺。一方的に喧嘩を吹っかけられ、雛香は慌ててその背を追った。

「待て、っての!んのタコ頭!」
「なっ?!」

 グイッ、とその頭のフードを思いっきり引く。
 身長差が生きる攻撃だ、獄寺はあっけなく後ろによろめき奇声を発する。
 よっしゃ、雛香が目を輝かせたのも束の間、

 少しばかり、勢いが強すぎた。


 ――どしゃっ!


「……っ、いってぇ…」
「そ、れは俺のセリフだこのアホ……どけっての隼人!」
「しかけてきたのはそっちだろーが!」

 非常に間の抜けた音ともに、仲良く床に倒れこむ2人。そしてなぜか下敷きになる雛香。
 うー、と打った額を押さえて呻く雛香の顔を、慌てて起き上がった獄寺が覗き込んだ。

「ちょっバカ、おい大丈夫か?」
「脳細胞がいくつか死ん、……!」
「あ?」

 獄寺の呼びかけに、涙目で睨みつける雛香。
 だが顔を上げた瞬間、目の前に獄寺の顔があって、雛香は思わず言葉を呑んだ。
黒と銀、ばっちり合う2つの視線。

「……んだよ」
「……近い」
「……わりぃか」
「……離れろ」
「……てめぇに言われずとも」

 ぱっと目を逸らす。
 額を押さえていて良かった、と雛香は思った。
 多分、目隠しになっているはずだ。赤くなっているに違いない顔の。

「……おら」
「?」

 なんとか平常心を保って視線を戻す。
 立ち上がった獄寺が、こちらに手を差し伸べていた。

「……ハイタッチ?この年で?」
「てめぇはバカか?!わざとやってんだろ!!」

 一瞬、盛大にイラッとした顔になり、それから獄寺は口を曲げた。不服そうに、けれど伸ばした手のひらは引っ込めないまま。

「……色々悪かったな。ほら」
「……ほー。手、貸すからチャラにしろって?」
「まあ、……俺にだって良心ってモンがあんだよ」
「手、1回貸してもらったくらいじゃなー」
「ッ……!んじゃ、何がいんだよ」
「今度雛乃の寝顔撮ってきたら許す」
「それ誰得だよ!!お前がやってろ!!」

 むしろお前なら頼まずとも寝顔の1つや2つ、あのバカ弟ならと騒ぐ獄寺に頬を緩める。そのまま、吹き出すように笑っていた。

「何笑ってやがる!」
「うっせーよこのタコ頭」

 手を伸ばし、銀色の頭を適当にかき乱す。
 自分より少し高いそれは、伸びをしなければ届かないのがちょっと癪だ。

「っ、何すんだよ」
「……や、別に」

 安心した、とは言ってやらない。
 何があったって、結局自分も隼人も、こうしてまたじゃれ合い気軽にケンカしあえる、そういう仲に戻れるとわかってほっとした、だなんて。絶対。

「……ところで隼人、匣兵器の名前なんで瓜なんだよ。俺前から気になってたんだけど」
「お前こそケルっておかしいだろ、センスねぇよ」
「ハイセンス隼人に言われたくはない」


 この居心地の良い距離間でいたい、とは。まだ。


***




(……あー、ちっくしょ)

 目下、こっちの前髪をいいようにぐしゃぐしゃかき乱す、低身長の相手から目を逸らす。
 おかしそうに笑う、その顔に嫌というほど意識がいってしまうだなんて、

(……未練がましいのはわかってっけどよ、)

 チッと舌打ちをかまし、雛香の髪へ手を伸ばす。


(まだもう少し、……好きでいたって、いいよな)


 未だ早鐘を打つ心臓をごまかすように、黒い頭を乱雑に撫で、獄寺はそっとため息をついた。





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