白蘭の策略
《……イタリアの主力戦も、日本のメローネ基地も、すんごい楽しかった》
言葉とともに、不意に弾ける電子音。
「!」「なっ……」「わあっ?!」「白蘭、さん……!」
《ボンゴレの誇る最強部隊の本気が見れちゃったりして、前哨戦としては相当有意義だったよね》
楽しげに笑う、白い男が――突如、ツナ達の目の前に姿を現す。
《メローネ基地で僕を欺こうと、必死で演技する正チャンも面白かったなあ》
「……!!じゃあ、僕が騙していたのも……!」
まさかの言葉に、入江は一気に青ざめる。
ザザッ、ホログラムでできた相手は、いかにもおかしそうに言葉を紡いだ。
《うん。バレバレだよ》
信じられないと、凍りつく入江。
その背後で、ツナ達もまた息を呑んだ。
《……しっかし、正チャンもつくづく物好きだよね。まだケツの青いボンゴレ10代目なんかに、世界の命運をあずけちゃうなんてさ》
「……命運?」
「ぜんっぜん意味わかんないけど」
思わず声を漏らした雛香の横、ぎゅっとその腕にしがみついた雛乃が、白蘭の姿を睨みつける。
「僕、あいつ嫌い」
《本当はこのまま、息つく暇もなく戦力を投入してボンゴレを消すのは簡単なんだ》
雛乃が睨む先、ミルフィオーレのボスは流暢に言葉を連ねていく。
《でもここまで楽しませてもらったのは確かだし、信頼してた副官に裏切られたとあっちゃ、リーダーとしてのプライドにかかわっちゃうだろ?》
ぎくりと体を強張らせた入江に微笑んで、瞬間、白蘭は視線をこちらに向けた。
真っ直ぐに――雛香の方へ。
《……それに、雛香ちゃんも、まだ"準備期間"のようだしね》
「――ッ?!ぐあっ……?!」
「雛香?!」
途端、目の前が真っ白に弾けた。
予兆もなく、突如頭を殴られたような衝撃に、雛香はその場に膝から崩れ落ちる。
「雛香ッ?!雛香!!」
「……ッ……?う、っ……」
「雛香?!どうしたんだ?!」
《……やっぱり、まだ早すぎたかな?》
こめかみを押さえ膝をつく雛香に、真っ青になった雛乃が名前を叫ぶ。
その反対側、すぐ隣に跪いた雲雀は、そのまま床に倒れ込みかけた雛香の肩をとっさに支えた。
「……ッ、ま、た……っ」
なぜ今の今まで、忘れていたのだろうか。
カプセルの中、意識を取り戻した時は、それどころではなかったからか。
すぐ前、微笑む白い男に――意識を失う前、同じように声をかけられ、痛みと記憶の断片を与えられたーあの、出来事を。
「ッ……!はッ、……!、」
「雛香!しっかりして!」
――また。まただ。
眼裏をよぎる情景。見覚えのない、でも知っているような姿の数々。声。
頭の奥が鋭く痛む。熱く重たくなっていく頭を支えることができず、雛香はがくりとうなだれた。
感覚という感覚が、滲んで遠ざかっていく。
《……どうしてかなあ。僕はいつも、大切に思っている副官に裏切られるんだよねぇ》
最後に、奇妙な呟きを聴覚に残して。
⇔
「ッ、う……、ッ」
「雛香……!」
同じだ。さっき、カプセルの中で目覚める前。
あの妙な丸眉毛の剣士と出くわした際の雛香と、同じ。
「雛香、なんで……っ」
「その手を放して」
ずるずると地へ滑り落ちていく雛香に、縋るようにしがみつく弟の手を引き剥がす。
息を呑む雛乃を無視して、雲雀は雛香の腰に手を回し、横抱きにかかえた。
「……って、ちょっ!どさくさに紛れて何やってるんですか雲雀さんっ!」
「本当にどこまでも煩いブラコンだね。それより、辺りの様子を見てみなよ」
それは僕の役目なんですけど、とかなんとか叫ぶ弟を一瞥し、フン、と雲雀は鼻を鳴らす。
え、と雛乃が目を向けた先、
《――楽しみだね、10日後》
ひときわ愉快そうな声音とともに、全てが白く爆発した。