君を咬み殺す3 | ナノ




さよなら雲雀
「……ッ、ぁ……?」
《……そうだよね。……思い出して、くれるでしょ?》


 頭を抱える。くらくら、揺らぐ。全てが揺れる。
 ズキズキと痛み出した頭に、雛香はがくんと膝をついた。

 痛い――熱い。わけがわからない。
 次々と眼裏を埋め尽くすのは、全く記憶にない、なのに――なぜか、確かに知っている景色と、人間と、そして――


《……雛香ちゃん》


 優しい眼差しでこちらを見る、白髪の男。



「……?、な、んで……ッ」
《ゴメンね、手荒な事して。一度に全部、っていうのはかなり辛いってわかりきってたんだけど》
「ッ、は、……?」

 うなだれた視界いっぱいに広がる緑が、ぼやける。滲む。
 五感が全てひっかき回されるような感覚。気持ち悪い。
 だって、だってこんなの知らないのに、
 どうして、なんで、俺は――。

 吐き気がした。
 延々と続く早送りの情景。終わらない混乱。
 未知なのに知っている、身体のどこかがねじれてしまったような自分の感覚に恐怖した。わけがわからない。頭が痛い。息ができない。
 必死で重たい頭を上げた先、ゆらゆら揺れる姿を捉える。
 苦しい。辛い。縋るように手を伸ばしていた。
 その時脳裏をよぎったのは、確かに紛れもなくあの黒髪だった、のに。


「……びゃく、らん……」


 自分の口から零れ落ちたのは――全く違う名前だった。



***




「……なぜ笑っていられる。リングを持たぬ貴様に、勝機は無いのだぞ」
「確かに君の強さは予想外だったよ。おかげで僕も宮野雛乃も、スケジュールに狂いが出ることになった」
「……?」

 眉をひそめる幻騎士。うっすらと笑う雲雀。
 無数のトゲに囲まれた球針態の中で、各々の武器を手に向かい合う2人。

「でもそれ以上に、久しぶりに血をしたたらせた姿を見たくなるほどの獲物に出会えて嬉しいんだ。雛香の仇も取れるしね」

 どこか楽しげに紡がれる雲雀の言葉に、幻騎士は意味がわからず剣を構えることしかできない。

「そう……ただ、長い間疑問だったことがひとつ。ずっと君に聞きたかったんだ。どうして君のボスは、あの子を……雛香を、狙うの」
「……オレは知らない。だが、旧知の仲だとは聞いた」
「旧知……?」

 眉を寄せた雲雀に、幻騎士は大きく剣を振りかぶる。

「話はここまでだ。……手加減無しに、葬ってやる」

 言葉とともに、燃え上がる藍色の炎。
 瞬時に前へ出た幻騎士に、まともに正面から出迎える雲雀。
 
 その上を、鋼の欠片が舞った。


「硬度の低い霧の炎も、一点に集中すれば鋼鉄を焼きちぎるなど造作もない」
「知ってるよ」

 幻騎士の言葉を受けてもなお、欠けたトンファーを持つ雲雀に動じた様子はない。
 不敵に笑んだその瞳に浮かぶのは、間違えようもない戦闘への高揚。歓喜。

「貴様……死を望んでいるのか?」
「どうして僕が?咬み殺されることになるのは君なのに」

 スパッとあっけない音を立て、次々とトンファーが千切れていく。
 ほぼ武器と成していないそれを手に、全身に切り傷を負いながらも雲雀は笑った。

「うらやましいな」
「――ッ?!」

 弾かれる、トンファーの持ち手。
 しかしなお、不敵に微笑む雲雀。煌めく黒の双眸。


「――っ、死ねい!!!」


 絶叫した幻騎士の刃が迫るのを眺めながら――
 雲雀は、笑みを浮かべたまま目を閉じた。



 ――まかせたよ、僕。





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