先へ先へと進みゆく
「――おまえ達だけで行け」
動かないラル・ミルチの言葉に、真っ先に反応したのは雛乃だった。
「ラル……さっきジジンジャーと戦った時に、無茶しすぎたんだね」
「うるさい、少しはしゃぎすぎただけだ」
「体、つらいんだ」
心配そうに膝を折り顔をのぞき込むツナに、さっと横を向いたラルは強い口調で言い放つ。
「いいから行け。……足手まといになるのはゴメンだ」
瞬間、
「「「「「ダメだ!!」」」」」
5つの声が、ぴったり重なった。
「……な」
驚きに目を見開くラルの前、真剣な顔でツナが口を開く。
「俺達は作戦を成功させて、誰ひとり欠けることなく帰るんだ!」
「そーだよラル、僕らは言いつけ通り見捨てていってあげるような、そんな優しい神経してないしね」
ニッコリ笑った雛乃が、膝をつきツナの横に並んだ。
「……沢田、雛乃……」
「良い感じを極限に壊すようで申し訳ないが、」
ふいに、笹川の表情が険しくなる。
その視線の先、モーター音とともに閉じゆくゲート。
「……敵が、メインルートのゲートを封鎖し始めたようだ」
***
「げほっ」
「大丈夫かい」
ひょい、と膝をさらわれる。
「!ちょっ、お前な、」
「何。ていうか匣兵器、匣に戻しなよ」
なんてことなく雛香の体を横抱きにかかえた雲雀が、ちらりと横へ目を向ける。
ミルフィオーレの群れが床に死屍累々と転がる真上、炎の勢いを抑えたケルベロスがこちらへ悠々と駆け戻ってきた。
「嫌だ。ケルを匣に戻すなんて、可愛すぎてできない」
クゥーン、と図ったように傍らにすり寄った3つ頭の匣兵器が鳴く。雲雀は心中でため息をついた。
先程まで敵が怯むほどの叫び声をあげていたのが一転、どうしてこうも主人の前だと従順な犬のように大人しくなるのか。あまりの変わりように、もはや呆れかえるしかないレベルである。
「なんでもいいけど、とりあえずミルフィオーレのアジトに向かうよ」
「……ちょっと待て雲雀」
「何」
見下ろせば、腕の中からキッと睨み上げる黒い瞳。
「まず下ろせ」
「なんで」
「……わかった。ならせめて背負う方向に考えを変えてくれ」
「やだね。君の顔が見えなくなる」
「……あのな、どうしてお前はそういうことをサラッと……」
見る見るうちに赤くなりそっぽを向く彼に、雲雀はくすりと笑うとそのこめかみにキスを送った。
「!なっ……」
「君の匣兵器を見習って大人しくしてなよ」
「……え、ケル見習えって、あれを?」
「?」
ふと首を巡らせた雲雀の横、
歯を見せ、とまではいかないながらも、6つの目で批難がましく見上げ唸る、すこぶる不機嫌そうな姿。
その尻尾が、苛立ちを表すかのごとくびたんびたんと床を叩いている。
「……ほんと、君って人気者だね。雛香」
さっきまであんなに大人しくしていたくせに、と雲雀は小さく呟いた。
「は、何言って……ってちょっと待て、だからこのまま歩き出すなっての!」
「怪我人は大人しくしてろ」
「いやこんなん掠り傷、って、おい!」
赤くなり腕を振り回す雛香を抱え、すたすた歩きだす雲雀の後ろ、ご機嫌斜めに低く唸ったケルベロスがついていく。
奇妙な組み合わせの3つの姿は、静まり返った大倉庫を後に扉の外へ消えていった。