僅かな変化
「……は?」
唖然とした声を聞きながら、視線を逸らす。
先ほどまでの気まずさが余計に倍増したのを感じた。
馬鹿か、自分は。
だが多少は許容されるべきだろう。
というかむしろ許して欲しい。最早何に許しを請えばいいのかは別にして。
『……思うとこがあんなら、俺を選べ』
顎を捉えた獄寺の瞳。
目の前で悲しく、優しげに細まった灰色の光。
あんな告白を受けて、当の本人を目の前に平然としていられるほど自分は図太くできていない。
(……て、いうか)
思わずジト目を向けたところ、ばっちり視線が合い即座に後悔した。
獄寺はいよいよ怪訝そうだったが、雛香としてはむしろなぜそうも怪訝そうなのか理解不能だった。
なんでだよ、お前。なんで、俺ばっかり意識してるんだ。
「何だよ、てめぇ」
「……それはこっちのセリフだ」
眉をひそめ、獄寺はいつもと変わりない態度でこちらを見下ろしてくる。
雛香としては全力でやめてほしいアングルだ。どうしたって前回のことが脳裏をよぎる。
……というか、ほんと何なんだろうか。人に前回あれだけのことしておいたくせに、なぜこいつはこうも平気そうなんだ。気まずさとか感じないのか。
目を逸らしたまま、次々と浮かぶ思考に頭を巡らせていると、なんだかだんだんむかむかしてきた。
なんでだ。なんで俺ばっかりこんなに意識しなくちゃならない。馬鹿らしい。
「は、何だよお前、こっち向けよ」
「っ、」
ぐいっ、と突如肩を引かれ、反応が遅れた。その勢いのまま、体が反転し視線が絡む。
こちらを見据え瞬く、銀の瞳。
なんで、なんだこいつは、
「なんで、お前はそう普通なんだよ」
「……は?」
あ、やらかした。
うんやらかしたな、これは。
己の口から飛び出した言葉を脳が理解した瞬間、完璧にそう思った。驚いたようにぱちぱちと瞬きを繰り返す獄寺に、一気に頬が熱くなる。
馬鹿だ。我ながら本当に、馬鹿の極みだ。勝手に気まずく思って勝手に意識して。
なんだそれ、恥ずかしすぎる。
「……なんでもない、とにかく、」
この肩の手を放せ、と目を合わせずに腕を上げた、
瞬間。
「……はっ、何お前」
「なっ?!」
突然、思いっきり足払いを喰らった。