臆病者の石頭
「……なんで此処にいるの」
夢前はあの後は何も言わずに去ってしまった。
それから自室に着いて、扉を引いた先に居たのは、笹山だった
笹山は無言でただ座っていたが、すっとこちらに顔を向けた
その時わたしは怖くなった。笹山の瞳はどう見ても獲物を捕えたようなそんな目で、どうしても逃げたくなった
無言の笹山が、すっと立ち上がりこちらに歩いてきた、私はいよいよ逃げようと踵を反したが、腕と口を後ろから押さえつけて思いっきり引かれて、わたしは部屋に入れられた。
更に笹山は部屋の扉を閉めて、力一杯わたしを床に押し倒した
「っ…!なっにするの!」
笹山は無言だった。ただ瞳だけが暗闇に浮かんで、わたしを一筋に睨んでいた
瞳がすっと近づいてきた、両腕も、両足さえも、がっちりと押さえ付けられていて身動き一つできない
なにをするのなにをするのなにをするのっ
やめてなんでそういうことするの意味わからない意味わからない
でも何一つわたしの口からは発されず
わたしの混乱なんか無視して、温かいものが唇に押しつけられて、息ができなくなった
何かを発しようとして薄く開かれていた唇から、いきなり舌を差し込んできた
唾液すら欠けらも零さないようにぴったりと隙間の無い唇と唇の中で、笹山の舌は頻りにわたしの舌を絡めた
無駄に音を立てて離れたと思ったら角度を変えてまた深く口付ける
何度か繰り返されてやっと離れた。離れたといっても体はぴったりと密着し、顔だって少し何か話そうとすれば唇を掠めてしまうような距離だ。
息を乱し力の入らないわたしと違って、涼しい顔をしている
両手で押さえていた腕を、頭のうえで片手で押さえるように持ちかえた。空いた笹山の片腕は、有ろうことかわたしの着物の合わせに手を入れた
「さっ…笹山っやめてなにする…っ」
彼は顔をずらし、首筋を舌を突き出しながら下がっていった
手は胸の膨らみをやわく揉む
「うっ…は、ぁやめ、やめてっ…」
「欲しい、」
「んっ…え?」
笹山は顔を上げて、わたしの目を見て、言った
「欲しい名前が欲しい、誰か抱く前に、お前を抱きたい、お前が欲しい」
何も判らない子供に、何も考えなくてもいい無機物になってしまいたかった
愛撫に、言葉に、瞳に、温かくて、ゆるゆると融けるようだった、
瞳はあんなに冷たいのに、掌も唇も舌も、すごく温かかったのだ。愛されてると感じて、幸せになればなるほど、失うのが怖くて恐くて
そう、わたしは誰も愛さないと決めた。だからこの温かさも、淡い気持ちも手放さなければ
逃げたい、笹山から逃げたい
そう思ってから、夢前を思い出した。そうか、全部知っていたのか。笹山の思考回路は夢前にだけはだだ漏れなんだな
「さ、さやま…嫌い…だいきらい」
「…っ」
はっとしたように笹山は離れた。この隙にわたしは笹山の下から抜けて、扉から外に駆け出した
温かいものが、体から抜けてくれない
どんなに涼しい外気に触れても、煩悩が消えない
脳裏に克明に焼き付いてずくずくと痛みを放っている
「すき、なんかじゃない、いやだ、」
わたしの中で存在が大きくなる笹山を兎に角消してしまいたい、無くしたくて、忘れたくて、冷ましたくて
気付くと水の中だった
ふらふら浮かんで、冷たくて、すっと楽になるようで、
そっと目を閉じた