泣き方について



何故保健室に向かったか


何時までも縁側で寝そべっているわけにもいかなかった。そして酷く身体が重くて、無気力なのが不愉快だった。


言ってしまえば特に意味も無かった。
食事時の今学園で賑やかなのは食堂だけ。他は酷くあっけらかんとしていて、校庭で一年が未だ球技をしているくらいしか人影は無い。だから、下手したら保健委員も居ないかもしれない
でも、お腹は空いていなかったからそれでも別によかった




でも今、そう思った事を後悔している。なぜ素直に食堂に行かなかったのか。





廊下の先、
すらりと存在感のある影は、間違いなく笹山だった

もう長いことこんなに近くに来たことなんて無かった。避けれるだけ避けてきた手前、かなり気まずかった。だからって、止まってしまった今踵を反す事もできない


渡り廊下であるこの場所は、よく日も入り風も通る
笹山の透き通るような薄色の髪は風に遊ばれながらも酷く存在感を示していて、暴れる髪と忍装束とは反対に、瞳と身体は微動だにしていなかった



じわじわと心からぬるま湯が染み出るような気がした
ざわざわと血が騒ぎ沸き立つ感覚、わたしはこんな感情要らない、要らない



暫く見つめていたが、此処は長居してはいけないと警報が聞こえるようだったのでわたしは歩みを進めた

止まっていた時間が動きだした。勢い任せで足を前に出すわたしとは違って、ゆっくりと歩む笹山



さっさとすれ違わなければ

すれ違ってしまえば、もう顔は見えないから緊張も解けるだろう。俯く私の頭部に視線が突き刺さるのを感じていた

ぐんぐんと近づく距離、やっと、長く長く感じられる時間が終わると思った瞬間、



「危ないっ!!」

「え…?っ…」




一瞬だった

校庭を一望できる場所だったから、そちらから球が飛んでくる可能性はなきにしもあらずだった
球が飛んできたのだ。視界に入った球の驚くべき速さに、ああきっと体育委員の子の球かななんて呑気に考えていた

でも次の瞬間には視界は深緑に覆われていた





まさか、
わたしの周りに深緑など、一つしか考えられなかった
今私を包む暖かさが、彼のものなんだとわかって、思考は止まった。温かい




「…、しっかりしてよ」

「…ごめんありがとう」




速く離れたくて、離れないと耐えられなくて、ぐっと胸板を押すと意外にもすんなり離れた




「す、すみませんっ大丈夫ですか?」




一年は慌てたように駆けてきて問うた。わたしは大丈夫とだけ言った。一年はわたしにも笹山にもぺこぺこ謝って、球を抱えて輪に戻っていった。
残されたわたしたちは暫く重い空気のまま黙っていたが、またゆっくりと笹山は歩きだした




この場にはぽつねんと、温もりをわけられたわたしの身体が残された



去ってゆく笹山の後ろ姿が妙に寂しくて、

今心に沸き立つ感情を知るわたしがどこかに居て



そこから動く事ができなかった







「あれ?名前ちゃん……」


聞こえたのは保健委員の猪名寺くんの声だ。笹山が消えた方から現れた彼は今から保健室に向かうようだった




「…君たちは似てるよ。泣き方もそっくり、あの時みたいに」




急にそんなことを言われて驚愕したが、わたしは内容を理解しようとしていっぱいいっぱいだった



笹山が、泣いた?あの時に?




「表情ひとつ変わらないのに、涙だけは洪水のように溢れてて」




それよりわたし、泣いている?

頬に手を当てると確かに濡れていた





でも一体いつ、笹山は泣いていたのか

わたしはあの時を思い返していた


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