爽やかな不器用者
「お前、こんなとこで寝てんのか」
そっと頭に大きくて無骨な手が這わされた
「あーあ、三治郎か?俺は何時も遅すぎんだよな、痛くないか?」
「善法寺先生が軟膏塗ってくれたよ」
「そっ、か。大分遅れちゃったんだな。もっと早く会いに来るべきだった」
加藤のにかっとした笑顔は、まるで台風一過の今のこの爽やかな晴れ模様に良く似ている。その笑顔を歪ませる事は酷く勿体ないと感じた
わたしはこの天気がすこぶる好きだ
またざわざわとした風が、加藤の前髪を踊らせた
「ありがとう、でもわたしは大丈夫」
正直、わたしは長年圧力を掛けてきたこの暗雲を抱える心が、悲鳴をあげていることに気付いていた。いよいよ一人で支えるには無理がきているのだ
きっと彼がきつく言及してきたのなら、わたしはこの暗雲を晒してしまっただろう。それほどわたしは重い暗雲に飽き飽きしていた
しかし加藤はこの手に臆病だった。
「そっか…無理すんなよ」
一見無神経に見える彼は、わたしに過保護すぎていつもの彼らしさを殺してしまっている
彼はもっと自分の個性を引き出してくれる人と一緒になったほうが良いのだ
「なんだよ、そんな見つめて…やっと俺に振り向く事にした?」
「…そうね、加藤は良い男だからわたしなんかで足踏みして勿体ないと思ったの」
「…そん」
「団蔵ー!飯行くぞー!」
遠くから聞こえてきた声に、開きかけた口を閉じてしまう。緩いぬるま湯を吐こうとしたのでしょう?もう引っ込んでしまったけれど
「行きなよ、食べ損ねちゃう」
「…ああ、名前もちゃんと食べろよ」
くしゃくしゃとわたしの髪を掻き回すように撫でて、大きな手は離れていった
「俺は、足踏みだなんて思ってないから」
振り向いたそこに既に姿は無かった
代わりにぐしゃぐしゃの髪と、生温い空気だけが忽然としていた