最後の言葉の意味




「残念、兵ちゃんは此処には居ないよ」






長く笹山とは会っていなかった、会っていた時期だっていつも彼から現れていたわけで、わたしから会いに行く事が、そもそも初めてだった


そんな状況で彼の居場所などわたしにわかるはずもなく、辿り着いたのは笹山夢前という名札の部屋の前であると言う事は、夢前でなくとも予報できたのか

夢前は私を一瞥もせずに名札の下に座って庭を睨んでいた




「…いままで兵ちゃんが抱いてきた子で、お前より可愛い子なんていっぱい居た」

「…そ、んな事、わかってるわよ」



怠そうに口を開いたと思えば、そんな分かり切った事をわざわざ言い聞かせているのか





「お前より綺麗な子も、頭の良い子も、優しい子も、胸が大きい子も居た。それに僕の方がずっと一緒に居たし、沢山兵ちゃんの事を知ってる」

「……」

「……そうだったはずなんだ。それでも兵ちゃんは、お前を、」





夢前はまるで苦渋の選択を迫られたような顔をして、その先は言わなかった。





「兵ちゃんが幸せならそれでいいなんて柄じゃない、僕は何があろうと手に入れるって側なのはわかるでしょ?」

「……」

「だから嫌がらせとかしてたけど、本当はお前なんか殺して僕の痛みを存分に分けてあげたいくらいさ。」





すっと何かが視界を掠めたと思えば、数本の髪がはらりと散って暫くしたら かっと音がした。それはここに来てからよく耳にする苦無か手裏剣の音

振り向けば柱に刺さっているのは苦無だった、目の前の夢前は未だ不機嫌な面持ちのまま庭を睨んでいて、投げた形のままの腕を下ろした




「……でも死者に勝つのは生者に勝つより余程難しい」

「……」

「だから聞き出したんだよ、なんでお前なのか。滅茶苦茶にする為にさ。」





何故わたしなのか?
その疑問はなにも夢前だけのものではない、わたしだって知らないのだ

気付いたらこうなってた。笹山はどういう経緯から他の誰を抱く前にお前を抱きたいだなんて口に出したのか
そんなもの私が聞きたいくらいだ





「僕には理解できなかった。だってとるに足らないことだ、でも…僕にはそんな事でも兵ちゃんは間違いなく幸せそうな顔してた」

「わ、わたしが何かした…の?」

「そんなこと、僕がほいほい話すと思う?」





ここにきてはじめて、夢前はわたしを見た。
苛ついたような哀しいような、なんともいえない表情をしていた





「悔しいよ、凄く悔しい。胸が痛い、哀しい。」





ひたりと、落ちた

すっと夢前の頬に線を描いて

涙は落ちた





「でも僕が、兵ちゃんにできることは此れしかない」






いつの間にか夢前の手には天井から垂れた見慣れた縄が握られていた






「…僕ばかり喋ってたけど、臆病者のお前、兵ちゃんのこと、ちゃんと愛せるの?」





悲痛な表情で問うた夢前の身体をふわりと風が撫ぜた

風よ、どうか痛む夢前の心を癒し、頬を伝う涙を攫って下さい。







「……決めたの、臆病なだけのわたしはさよなら。笹山にほんとの気持ちを、伝えに行かなくちゃ」






未だ苦しい面持ちに涙を滑らす夢前は、見慣れた縄を引いた

「……ばいばい」

わたしは落ちた、


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