眩しい涙
「名前」
「…加藤」
未だ風は強く冷たい。それを肌で感じる事のできる渡り廊下を歩いていたら、さわさわとなびく黒髪が見えた
いつになく真面目な顔で重い空気を背負っている加藤に、彼も聞いていたんだなと直感でわかった。一体何人がわたしの自白を聞いていたのか、想像もつかない
こうなるからわたしは加藤には言わなかったのに、加藤の顔に爽やかな笑顔は欠片も無い
「兵太夫んとこ、行くんだろ?」
「うん、」
「…俺さ、ずっと俺の方が絶対名前を幸せにできると思ってた」
急ににかっと白い歯を覗かせて笑うものだから、眩しい気持ちになった
記憶の中の彼はいつだって輝いていて、そう、この笑顔を振りまいてる
「あの時俺さ、逆上しちゃって兵太夫に殴りかかっちまったんだ。名前に何したんだって」
「えぇっ?」
まさかわたしが意識の無い間にそんなことがあったなんて、
「そしたらあいつさ、僕よりお前の方がずっと名前を幸せにできる、って言ったんだ。その言葉に、あぁ俺じゃ駄目だと思った」
「……どう、して?」
「…あの時の俺は餓鬼だった。何より名前が好きで好きで一緒になりたかった、身を退くなんて毛ほども考えてなかった。…でもそれは自分の事しか考えて無いって事だって気付いたんだ」
風が吹いた。
加藤は格好良い。それは顔や体躯も勿論だが、それだけではない。単純で真っ直ぐで素直なのに、人の気持ちを思いやれる、情に満ちている
「自分の気持ちだけ顕示してぶつける俺より、名前の事を考えて身の引ける兵太夫の方がずっと、名前を幸せにできると思った」
「……」
「…だから行けよ。それではっきり言ってやれよ、名前の気持ち」
穏やかに笑む加藤はだんだん歪んで、頬にまた一筋伝った。でも、武骨で太くて、強い手がわたしの涙を掬ってくれた
「…加藤っ…」
「…ん?」
「加藤には、わたしよりずっと相応しい人が、きっと加藤を笑顔にしてくれるよ」
「ははっ、相応しいとか相応しくないとかじゃないだろ?俺が好きかどうかなんだ。名前は良く相応しいとか考えてるけど、兵太夫は……って、これは本人に聞くべきだな」
ほら、早く行ってやれなんて言ってわたしの背中を押す大きくて温かい加藤の掌
ねぇ加藤、たった今あんただって他人を思いやって自分の身を引いたじゃない。きっと加藤は、将来誰かを幸せにできる男になってるよ
その人の隣で惜しみなく愛を注いで、さっきみたいな眩しいくらいの笑顔を振りまくんだ
だから加藤、泣かないで