加藤 勿体ないわ
「接吻?」
「接吻、どうして人は接吻するんだろう」
「…好きだから?」
「じゃあ何故好きだと接吻をするんだ?」
「うーん…」
春の暖かい陽気の薫り立つ日だった。
団蔵の洗濯物やら部屋の片付けやらで午前を費やしてしまった午後の縁側。ぽつりと団蔵が、接吻とは何故するのか、と呟いた。
「わたしは、勿体ないからだと思うよ」
「勿体ない?」
「うん。呼吸とか、分泌液だとか、みんな好きな人から産み出されたものなのに、世界にだだ漏れてしまうのが勿体ないと思うから」
「……」
「とか?」
「うーん成る程な」
「……ちゃんとわかった?」
「わ、わかったよ、俺も勿体ないと思うし」
「ふーん…まあ人それぞれだよ」
「兵太夫なんかはめちゃくちゃだもんな」
「…愛撫みたいな感覚なんじゃない?まぐわう延長線だから、激しいんだよ」
「…ふーん」
「団蔵はどうなの?今の会話で答え見つかった?」
どっちもありだよなーなんて腕を組んで考えだした団蔵。
今日の話題はなんとも団蔵らしくない気難しいものだったな、なんて失礼な事を思いながらも、さっきわたしが思い浮かべたように団蔵の脳裏にもわたしとの接吻の様子が浮かんでいると思うと気恥ずかしい。
「うーん…あ、そうだ名前」
「ん?え、だんぞっ…」
不意に呼ばれて、視線を中庭から団蔵に向けた。
視界が団蔵いっぱいになって、次の瞬間には唇が温かくて、接吻をされたんだと理解した。きっと頭で整理できなくて、実際やればわかるという結論に至ったんだろう。
一体どんな答えになるのか、唇から探し当てようと余裕綽々で首に腕を回したが、それは間違いだった。
頭を押さえつけられてわたしと団蔵の唇はぴったり隙間なく重ねられた。そして無音だった。唾液の絡まる卑猥な音などたてずに、衣擦れの微かな囁きがあるだけ。それなのに激しいから、眉間に皺が寄る。舌が熱い。
二人の唾液がどんどん混ざって増えて溜まる。それをごくりと、飲み下す、団蔵
「んっ…はぁ…だ、だんぞっ」
「俺、どっちもだから一緒にしちゃうのかも」
「は、激しいって…」
「唾液垂らさないって難しいな…気付くと力入ってる」
「…ちょっと痛かったよ」
「ごめんごめん、そうしないと名前の唾液勿体ないから」
「…なんか言われ慣れないね」
「名前は俺の唾液とか息とか、勿体ないと思ってくれてたんだろ?」
にやりと得意気に言った団蔵。悔しくも大当り。いつもいつも、だだ漏れる団蔵の一部が全部わたしのもとに来れば良いと思ってたの。
唾液も息も勿論汗も、抜けた髪ですら勿体ないです。