あなたに終身刑 花枝さんへ





しとしと、今日もイギリスはあるようなないような極微粒子な霧雨で充満していた。傘をさしても然程意味は無く、軽量の霧雨はふわりとやわい風にも易く遊ばれて胸元までしっとりと湿り気を宿す。

街行くジェントルマン達は殆ど傘などはさしておらず早歩きである。どんよりとした雰囲気の中を、レディがカラフルな傘を楽しんでいた。



「、おや」

「…あら」



目深に被ったシルクハット、まとめられた碧髪、サングラスの奥の瞳とぱちりと視線が合い、それがエドガーだとわたしは理解した。彼がエドガー・バルチナスであるとわかる格好で街を歩くととんでもない事になるのでいつも彼はこんなふうに小道具を乱用して外出をしている。

しかしそれも一月ぶりだった。FFIで早くも敗退したとはいえKOQは一月、イギリスを留守にしてサッカーアイランドで国中の期待の重りを背負って懸命に戦っていたのだ。



「迎えですか」

「まあね」

「それはまた…可愛らしいところもあるじゃないですか」



わたしはすっと、彼を面白みのないわたしの傘に入れた。持ち手は自然と彼の手にわたり、二人家へと歩み始める。

雨鳴かない傘を寂しいとは思わない。エドガーがもっと寄れと言うように肩を抱いたから、わたしは単純にも満たされた気分になるのだ。



「おかえりなさい、エドガー」



でもそれも一瞬だった。
見慣れた我が家へ懐かしい碧色が蘇る。シルクハットを脱いだ彼の髪がさらりと広がって、空間は僅かに明るさを帯びる。しかし、家の中は軽い雨が無くなった反動でどんよりとした空気だけ、わたしの心は重い

彼がわたしを抱こうとした腕をするりと抜けて、わたしはすいっとエドガーから一定の距離をとった



「どう?各国の女性達は魅力的だったかしら」

「……嫉妬か?」

「当たり前でしょ。あんなに女の子はべらかして、逆の立場ならエドガーはどうしたかしら」

「むしろそういった状況にさせない、といった心意気だが」

「ふふ、どうだか」



わたしの返答に、彼はあからさまに不機嫌を表した。眼光は鋭く、眉間には皺が寄せられている。

わたしが今まで味わった嫉妬に焼かれる想いを、あなたも味わうべきだわ。わたしは愛用の携帯を少し弄って、目当ての画面を彼にちらりと見せ付けた。



「…名前。」

「なあに?」



それは、通話履歴の画面だった。Mark・Kluger 1:40:23
Mark・Kluger 3:12:22
Mark・Kluger 1:18:52
Mark・Kluger 0:43:36…



「…いつの間に、アメリカ代表とコンタクトをとった」

「さあ?あなたが女の子と楽しくお喋りしてる間じゃないかしら」



すたすたと一気に距離を詰めて、エドガーはあっという間にわたしの手から忌まわしげに携帯をもぎ取り乱暴に投げ捨てた。そのままわたしの片手をぐいと握り上げ、牽制をするように廊下の壁に打ち付けた。わたしの身体は壁とエドガーに挟まれた状態である



「マークははっきり言ってエドガーより格好良いわよ」

「…」



燃え上がる嫉妬を湛えた瞳がぎらりとわたしを睨む。無理矢理にキスをしようとするがまたわたしはそれをするりとかわして、空いている片手で愛撫をするように彼の首に腕を回した



「性格だって、ナルシストなあなたよりずっと良いのよ」

「…名前、わたしを怒らせたいのか」

「違うわ、嫉妬させたいの」

「そんなもの既にしている」



呆気なく嫉妬心を認めたエドガーは苦しそうだ。自分より他の男が格好良いだとか、ナルシストだとか、行動を避けられたりとか、彼は明らかにわたしの行動にダメージを受けている。実際に女の子たちと楽しくお喋りをされたわたしも相当傷ついたが、もうこれくらいにしてあげよう。
首に回してる腕にぐいと力を入れて、わたしはエドガーの耳元に唇を寄せて囁いた。



「でも、やっぱりマークよりエドガーの方がわたしの好みなの」

「っ、貴女という人は…私も、数多の女性ではなく貴女が一番の私好みの女性です」



温かくて少し大きい手のひらが背に回され、わたしとエドガーは一月ぶりの熱いキスを交わした。
エドガーがぎゅうぎゅうと腕に力を入れるから、わたしの背は仰け反り、覆いかぶさるような彼の碧い髪が頬や首もとを滑る。



「貴女をlife imprisonmentにする必要がありますね、バルチナスに」

「あら、わたしだけなんてわりに合わないわ。いっそ手錠の行方はあなたの右腕でいいでしょう?」

「望むところです」





あなたに終身刑

これはプロポーズととっていいのかしら


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