7

足早に王宮内を過ぎる。
そろそろ出口のドアが見えるか見えないかというところ。わたしが最も恐れていたことが起こった。遠目でもはっきりわかる。王宮では遭遇率が高いだろうと危惧していたけど、全くその通りだった。
わたしははじめからこのシルエットを探してどうにか彼の視界にだけは入らないようにしていたというのに…わたしのような平凡なステータスを持つ人間が、彼のような天才にかなうはずもなかった。気付いた時には既に視線に捕らわれて、わたしは身動きをする気も起きなくなってしまった。走って逃げたところで、この人から逃げ切れるはずもないのだ。


「…リュゲル…」
「ん?あああ!!ナマエ!!ナマエだ!!久しぶりだなー!!」
「ガンダレス」
「ん?どうしたんだよリュゲル兄?」
「悪いが少し二人きりにしてくれないか?」
「え?よくわかんないけどわかったよ!またあとでなー!」


その綺麗な瞳でわたしの心を穿ちながら、クラリネットの心地よい音を生む。何も知らない元気な片割れはわたしに笑顔で手を振り、どこかへ行ってしまった。わたしと彼の間に落ちる曇天がひやりと足元をすくって、今すぐこの場から逃げ出したい気持ちになった。


「…避けてただろ」
「…えっと…」
「無理もないか…あんな事があれば、気まずくて当然だ」
「…」
「避けられているとわかっていたが、俺も戦いが終わった後沢山考えていた」
「……」
「それで答えが出たんだが、俺は諦めないことにした」
「…え?」


わたしはどんなふうに拒絶され、罵られ、それで嫌いだとかそんな身に覚えのある鉄鎚を振り下ろされるのだろうと考えていた。わたしはそれだけ酷いことをしたのだ。だから拍子抜けした。諦めない、どうして、そもそも…


「な、なにを…」
「お前のことをだ」
「……」
「わかってる。あの時のお前は案内人として、そしてイクサルフリートとして立場があった。俺もファラム・ディーテの一員だった。でも今は…」


2歩、3歩、距離を詰められるとより鮮明に見える。どうしてこんなに綺麗なんだろう。その瞳に涙を乗せたのはわたしなのに、どうしてそんな奴に……


「銀河に生まれて、幸運にも出会うことができた ただの二つの生命だ」
「…!」
「イクサルの事を忘れろとは言わない。俺もお前の言葉を忘れるつもりはない。でも諦めるつもりもない」


どうしてそんな結論に至ったのか理解する勇気がなくて、澄んだ瞳から目を逸らしてしまった。少し落胆したような空気を感じて申し訳なくなる。


「だから、避けるのは出来ればやめてほしい。それから、今までの事は別として今のお前の気持ちを聞かせてくれないか、少しずつでいい」
「……まだ、」
「…うん」
「まだ、整理が全然ついてない。申し訳なさとか、信じられないだとかいっぱい考えちゃう、だから」
「ああ、」
「もう少しだけ、気持ちを言うのは待ってくれませんか」
「…わかった」
「出来るだけ避けないようには、するから」
「…充分だ」


はにかむような笑顔。花の香りがするようだった。優しくて、真っさらで、面白くて、出来た人だ。そりゃあ少し足りないものもあるけど、それすら魅力的な人だ。彼自身は、わたしに何も悪いことをしていない。それをわかっていてなお沸き立つ想いが色々な事をしてしまったのだ。この綺麗な人に、酷いことを。

わたしもたくさん考えなければいけないことがある。話さなくちゃいけない人がいる。こんな事になるなら、あんな風にディーテの皆と…リュゲルと仲良くならなかった方が良かったのかもしれない。それでも何か、温かいものを求めていた事は否めない。冷えた心を寄り添わせるように凍らせた人達のことを、切り離すことなんでできないのに。

リュゲルとわかれて帰路についたわたしは一人、思い出していた。気持ちを整理するために。


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