9 それからどうやって、イクサルフリートの本拠地スティンガーウィングへと戻ってきたのかよく覚えていない。帰路の途中で通信機が鳴り、オズロックに呼び出されたことだけがわたしの足を動かしていた。きっと次の計画の話をされるだろう。後ろめたさが髪を引いたが、わたしはまだイクサルフリートだった。裏切る勇気のない、ちっぽけな人間だ。 オズロックがよく篭る広い操縦室。操縦はほぼオートなので、付随するスーパーコンピューターでなにか計画を企てるときによく使われる部屋だ。わたしはロックパネルに手をかざして、扉を開く。心は大荒れだったけれど、頭の中だけは整理してオズロックの元に跪き彼の言葉を待った。 「…どうやら、私はお前を見誤っていたようだな」 「…え?」 「この船に初めて乗るとき、私はお前の手を引いてやった。その時のお前の涙は本物だと思っていた」 「……」 「…ファラムの腐った人間と、お前は何をしていた」 鋭く射抜くライムグリーンの瞳に捕らわれて、背筋が凍るかと思った。まだこの船に眠る172名の身体が、ひたりとわたしに近付いてくるよう。 この口ぶりは、見ていた。多分全部。わたしからしたことではないにしても、心からの拒絶が出来なかった自分に後ろめたさがあるのは確実だった。恨みの薄い自分がぐらぐらと揺れ動いているのは明確で、それをオズロックに知られたというのは非常にまずかった。 「何をしていたのかと聞いている…!」 「……っ」 跪いていたわたしの首元を掴み上げ、腕を振りかぶり… パシン!乾いた音と共に、わたしは叩かれた。容赦なかった。わたしは床に倒れ込み、現状を受け止めようとする。頬がジンジンして、知らないうちに涙が滲み出てきた。 「私には口にするのも憚られる…到底理解ができない。何故拒絶しなかった」 「…申し訳、ありません」 「思い出せ…!!」 床に向かって謝っていたわたしの首元を、オズロックはまた掴み上げた。地を這うヴァルトホルン、わたしの視界いっぱいになったオズロックの猟奇的な瞳。悲痛な叫びはわたしの耳から入って脳を犯すようだった。 「お前の家族、友人、お前を育んだ家も、時間も、お前の愛したものも、お前を愛したものも全部!!!!…全部だ…どうなった…?誰が!誰がやった!!」 「…ファラム人…全部、壊して、全部…」 「そうだ…我々は全てを奪われた…その復讐のために生かされている…そして亡きイクサルの民はそれを望んでる…そうだろう?」 オズロックの瞳から、わたしの瞳を通して、沢山の感情が流れてくるようだった。悲しくて辛くて、孤独で…涙が止まらない。元々争いを拒む質により、しまい込んでいた感情が頭を擡げてくる。わたしの知らない何処かで、泣き喚きながら皆死んでいった。何も悪いことをしていないのに。まだ寿命を全うしていないのに。何も知らないで、痛かった、怖かった、きっと… それなのにファラム人はどうだ?のうのうと生きている!罪を償いもせずに!恨みを、持っていないのではない。知らないふりをしていただけなのだ。恨みはなにも生まないとわかっていたから。でも一度湧き出ると、イクサルへの大きな慈しみの心を根こそぎ怨恨へ昇華されてしまった。それは冷たすぎて ついさっき唇に灯された暖かい光も… 「忘れられないか」 「っ…う」 「憎きファラムの餓鬼による拙い、口付けが」 消えかかっていた温かい感触が 蘇りそうになる一瞬。オズロックはなにもかもわかっているようだった。天賦の才なのか。わたしがどうされると憎しみを思い出し、どうすれば想いの種を踏みにじって捨てることができるのか。 「忘れさせてやろう、あんなもの」 「んん…っ!」 唇など容易に割り、舌を絡ませるような。わたしにとって口付けというものが、これしか残らなくなってしまうような。強烈なキスだった。オズロックが、まさか。信じられずに思考がぐちゃぐちゃになっても、唇からの柔らかくて生温い感触が絶えない。 「っは…暫くお前はあの部屋で過ごせ」 わたしを解放した後、ろくに顔も見ずに背を向けられた。一体どの想いからきてるのか自分でもわからない涙が、止まらなかった。 それからわたしは目覚めることのない172名の身体が眠るあの寒い部屋に篭ることになった。サッカーや方陣の練習は度々やっていたけれど、スティンガーウィングから出ることはなかった。次に出てきたとき、それはGCG決勝戦の時だった。 |