宇宙のうそは小さいね


※美風藍夢企画「You」様提出作品


窓、という額縁に切り取られた濃紺のギリギリ上の端。わたしの息で硝子が白むくらい近づいたらやっと見える所にひとつ。ぽちり。




「藍、星だよ」

「…君の表面温度、すごい下がってるけど。看病させられるの誰だと思ってるの」

「藍だねえ」

「そう。このボクだから。行動プラン乱さないでよね」

「風邪を引くとは決まってないよ」

「引かないとも決まってないよ。ゼロでない限り可能性はあるよね?」

「きっと大丈夫、藍がこっち来てくれたら」

「…なにそれ、意味がわからない」



それでも暫くして、仕方が無いなと言いながらも窓にへばり付くわたしの傍まで来て、同じように星を見上げてくれた。藍の中でわたしの優先度は割と高い所に居るのかな、と少しこそばゆい気持ちになった。



「ふうん、まあ、星が綺麗なのは認めるよ」

「夜空、見上げたこと無いの?」

「見上げる必要も無かったからね。そもそも都会で見られる星は少ないから、月と違って探さなければ見れないし」



語る藍をちらりと盗み見る。
星に負けないくらい綺麗だと、思った。鮮やかに浮かぶシアンの髪、瞳はラリマー。地球の青と呼ばれたブルーペクトライト。藍の瞳には、地球を垣間見れる。



「わたしの世界、綺麗なものだらけ」

「…いきなりなに?」

「綺麗な藍と、綺麗な星」

「…君がそう思うのは勝手だけど」



空という水槽を覗き込んでいるのか、部屋という水槽から外を眺めているのか不思議な気持ちが漂うような間を開けて、藍は何かを処理しているようだった。
星だけ、もしかしたら形だけ見つめていた瞳を外さずに藍は口を開いた。



「…それは嘘だよ」



ぽつりと落とされた言葉、
心に温い水を落とされたように、美しいものに逆上せた意識が緩く醒める。それでも二人とも身動き一つせずに、次の言葉を待った。



「……」

「星の光は何光年と前の光がやっと地球に届いたものだ。だから、ここから確かに見えていたとしても、そこにもう星は無いかもしれない」

「…そうだね」



藍の言わんとした事が、霧から抜ける。偶像崇拝の示唆を遠回しにわたしに突き付けたのだ。
遠いマザーコンピュータの涼やかな稼働音がわたしに囁く幻聴を聞いた。



「藍、わたしはね」

「…」

「実際の星がとても大きくても、ここに居るわたしには小さく見えるでしょ?」

「…うん」

「だからね、藍にとってとても大きくても、わたしには小さく見える事も在ると思うの」

「……」



藍はわたしの言葉を受け取ると、ずっと星へ向けていた視線をわたしに移した。ラリマーは微かに揺れて、ピントをわたしに合わせた。



「藍が藍で在る事。それをわたしは綺麗な星だって、思ってる」



そう、星が未だ存在するのか、藍という偶像が認識されるのか。調べ用が無く答えの無いそれらが例え嘘でも本当でも、わたしには小さくて綺麗な星に見えているのだ。実際のそれが、氷点下の惑星だったんだとしても。
わたしの言葉をそのまま電波にして、遠い地下に飛ばす。光の速さで処理結果を受け取る。



「…こういう時…ヘルプセンターに問い合わせても解決されなかった問題を君が解決してくれた時、」

「……」

「ボクは君に、ありがとうを言うべき、なのかな」

「ふふ、うん、どういたしまして」



近くて、遠い藍。それでもわたしはいつもここに居る。すぐ傍にあった藍の手を包むように握った。
少し照れているような、優しい表情を浮かべている藍の瞳が嘘だとしても。触れ合う唇に血が通っていなくても。

わたしが有機物で、貴方が無機物だとしても。それはわたしにとって遠い遠い星の小さくて綺麗な輝きと、寸分違わないものなのだから。





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