空瓶に君を閉じ込めた
「ねえ、藍ちゃん」
「なに」
「あのさ…」
「なに、はっきり言って」
「…愛音さんと藍ちゃんは、おんなじ外見なんだよね?」
「そうだね」
「人間って、やっぱ育った環境が人格を左右すると思うわけよ。養子とか育ての親とか言うんだし」
「だから?何が言いたいの」
「と、いうことは、愛音さんの遺伝子だけ頂戴して、体外受精でもしてわたしが産んで、藍ちゃんとわたしで育てたらわたしたちにも子供、できるよね?」
「…それは確かに、そうだね」
藍ちゃんが藍ちゃんで居ることに関して起こる弊害、それの一つの大きな事例。それが子孫を残せない事だとわたしは思う。
その打開策になるんじゃないか、わたしがふとした時に思いついた方法だった。この問題について藍ちゃんがどう思っているのか、少し気になっていた。今迄この題材を取り上げて話し合った事はなかったから。でも彼の表情は涼しいもので、少し意外だった。しかめっ面でもされるのかと思っていたから。
「でも諸々の倫理問題は付き纏うよ。それにまず愛音の了承を得ないとどうしようも無いし」
「確かに。じゃあ藍ちゃん自身はどう思ってる?」
ふと、今迄止まなかったパソコンのキーボードを叩く音が止んだ。キャパシティを会話に譲ったのかな。
「ボクは…ボクなりに、君がボクと居る事で人間として遺伝子を残せないって事実を、認識はしている。それが負の感情に繋がるってことも、知っている」
「うん…」
「だから君が心から切望したなら、それも一つの案として上げてあった」
「…そうなの?」
「うん。でもボクの意見を言わせて貰うと、子孫を残せなかったって事が、ボクと君が愛し合ったっていう証なんじゃないかって、思ってる」
ハッとした。
藍ちゃんが膝を抱えて座るデスクを視界に入れても、今藍ちゃんがどんな顔をしているのかここからでは見えない。さっき横顔を盗み見た時は見えたのに、少し顔の角度を変えたようだった。
「ボクは別に子供が欲しいとは思わない。ボクには遺伝子を遺したいって気持ちがわからないから。それに君の愛情は分割されちゃうだろうし。」
「後者が本音?」
「どっちも本音。…でも、これを聞いても、それでも君が子供が欲しいって言うなら、さっきの方法をボクから提示するつもりだった」
「…そうだったの?」
「うん、先に聞かれちゃったけど。で?どうするの?」
「……」
いつか子供を産んで、幸せな家庭を築く。どんな女の子も一度は思い描く未来だと思う。
でもわたしの隣を約束した人は、わたしの愛した人は…
「…ずっと二人でいよう。わたしたちは子孫なんて遺さなくても、永遠に藍ちゃんのメモリーに刻まれるから」
「…わからないよ。いつか大地震でラボが大破するかもしれない」
「メモリーの破片は何かしら遺るでしょ、きっと」
「…さあ、燃えてなくなるかも」
「藍ちゃん、そんな柔な造りじゃないでしょ。よく自慢してるじゃない」
「…まあ、君がいいなら良いけど」
「藍ちゃんは?」
「え?」
「藍ちゃんは、これで良かった?」
「…うん。」
少し間を置いて小さく頷いた藍ちゃんは、わたしが何よりも誰よりも愛する、無機質の塊です。