6
初めて出会ったのは浜辺だった。
青い空、焦げ茶の髪、青い瞳、あとサッカーボール。
キラキラ輝く瞳が、そこにある大海にも大空にも負けずに綺麗に綺麗に強く光るものだから、わたしは海や空を見るのをたちまち忘れてしまった。それは本当にはっきり覚えている。
今となっては空も海も、彼を連想させるひとつの痛みであるが。
本当にその日の空と海は美しくて、小さなわたしの心臓はぎゅうとなって、それで朽ちるまでここに居たいとふと感じた。秋の海には誰一人居なくて、それがまた哀愁を漂わせるのだ。
海は夏に輝くものだと思っていたのになあ、と勝手に抱いていたイメージを崩され新たな発見に驚く。今年の夏は海では遊ばずにいたからこそ、秋の海を久々に見て此れ程感動したのかもしれない。ちょっと遠回りすれば海に出れる街に住んでいたから、何時でも行けるだろうという気持ちから内陸に住む人より海には来ないのだ。
浜辺にねころげて、それで空だけの世界で少しだけ眠りたい。なんて贅沢を願うも、太陽が眩しくて青いだけの世界は見れない。わたしは大きめの岩でできている影にごろりと寝転んで贅沢な空を眺めてみた。きゅんきゅん、まるで恋、でもしてるかのように胸が締め付けられて、それでそれで、手を伸ばして、浜辺も偶に見て、でも空が一番好き…それでそれで、…
ざざん、ざざん、
「…、」
「…?」
名前を呼ばれた気がして、じわじわと意識が浮上する。目を開けたら、知らない人の顔が視界にいっぱい。だけど驚くより先に一番に目を奪われたのが、あの深い青い瞳だったのだ。きゅんきゅんがまたやってきて、でもそれはさっきより小さく凝縮されたサファイアの宝石だった。人間の瞳は、こんなにも綺麗だっただろうか。
「君、こんなとこで寝てたらいつか海になっちゃうよ?」
さっきまで砂浜でさらさらしてたのに、わたしの体はなんだかふわふわしていた。自分の体を見てみたらもう胸まで海に浸かっているではないか。そうか、だからあんなに波の音が近かったんだ
「満ち潮だよ、もしかしてそのまま海に帰ろうとした人魚姫なのかな?」
「……」
おどけたように笑む青い瞳の彼。
人魚姫は素敵な王子様に会うために声と引き換えに魔女から足を貰った健気な乙女。目の前の彼があまりにも、素敵でわたしは自分がまるで人魚になったような気になった。それで少し調子にのって黙って頷いて、みた
「はは、ほんとうに人魚姫なんだ」
疑うでも馬鹿にするでもなく、彼はにっこりと笑ってまた更にぐいと顔を寄せてきた。
「それなら日没までにキスしてあげなくちゃ。君を海に返したくはないから」
予想外かつイタリア人らしい言葉と目の前を泳ぐ唇に、しかしまだうぶなわたしは途端に慌てて上体を起こしてあとずさった。ぴしゃりと海水が跳ねて、彼の服に少しかかったけれど、彼はにこにことしているだけだった
「だ、だめだよ。わたし人魚姫じゃないもの」
「そうなのか?残念」
ざざん、ざざん
海もわたしたちが会話するうちに更に満ちて、わたしも彼も足が海に浸かっていた。といってもわたしは胸までびしょびしょなのだけれど。彼は浜辺の安全なところに靴と靴下とサッカーボールを置いていて、ズボンを腿まで捲り上げていた。
その時の海の色や空の色を、わたしは覚えていない。ただ彼の瞳だけを見ていたから
「人魚姫でないなら、羽根を怪我した天使が眠っているのかと思ったよ。ナマエ」
「え、なんでわたしの名前」
すい、目の前に手のひらを差し出されて反射的に握った。海に濡れて冷えたわたしの手と違って彼の手は温かかった。ぐいと引かれて立ち上がる。秋の風に晒されてひんやりと寒い。
「俺は――、――・――」
「――、…」
「海、寒いだろ?早く帰った方がいい」
気休めかもしれないけど、そう言って――は自分の着ていた上着をわたしに羽織らせた。
「だ、大丈夫だよ」
「だーめ。俺、これからサッカーしに行くから暖まるし。ナマエは早く帰ってシャワーでも浴びて。綺麗なのはわかるけど、海と空はまた明日もここにあるから」
きゅっと、羽織っている彼の上着の首もとを締めてより暖かくなるように肩をさすってくれる彼にまた会いたいと思った。海も空も凝縮したような瞳にまた会いたい、これでさよならだなんてもったいない。綺麗なものは一度見て満足なんてしないのだ。それが綺麗であればあるほど、何度でもいつまでも見ていたい
「あしたもあえる?」
「ナマエが望むならね」
だから今は早く身体を温めて。だなんて言われて此処に長居なんてできない。今日の海、今日の空、今日の――、さよなら。また明日。わたしは帰り道に何度も、あのサファイアの輝きを思い出した。
マークに過去を話す間、わたしは、わたしの中で白く輝く星が彼の旧知の友人であるフィディオ・アルデナだということをまだ言う事ができなかった。