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ざざん、ざざん…
「――、おんなじ学校だったんだね」
「びっくりした?」
「ええ、とても!」
あの後、少し姿を見掛けても彼は大勢の取り巻きに埋もれていてとても話しかけられるような状況ではなかった。今までほぼ一対一、独り占めの状態でしか会った事が無かったわたしには何故か、黒くてどろっとした感情が溢れた。彼をこの海に縛り付けて、わたしだけの宝石にしてしまいたいだなんて恐ろしい事を一瞬考えてしまった自分が、一番恐ろしい。
綺麗な筈の世界が濁る。澄んだサファイアが眩しくて、直視ができない。それはわたしにとって初めて味わう感情で、その時は暫く頭を抱えたものだ。今となっては、詰まらない嫉妬であると理解できるけれど。
「イタリア代表、おめでとう。」
「ありがとう…ね、ナマエ。土曜日、君が朝早くからこの浜辺にオレに会いに来てくれたから、オレは代表選手に選ばれたんだと思うんだ」
「…――の実力だよ」
「いや、人形姫の笑顔が力をくれたんだと思うな」
惜し気もなく向けられるきらきらした笑顔が眩しくて、わたしの中のどろどろは音も無く霧散した。
彼はわたしに、それまで先生も両親も友達も教えてくれなかったような事を沢山教えてくれる。目の前のたった一人の存在がその他大勢を色褪せた物に見せてしまう事がある、って事も。それだけで、何もかもを上手くいかない厄介な物に変えてしまう感情がある、って事も。
全部彼が教えてくれた。
「あ、これ…ありがとう。洗ったよ」
「ああ、気にしなくていいのに」
初めて会ったときに彼がかけてくれた上着を返した。
それは紛れもなくわたしの心の拠り所であった。それを返すという名目は、確実に彼に会える理由だったから。しかしあまり長く返さないことで悪印象になっては本末転倒なので、わたしは潔く手放した。波の音に合わせるように波立つ不安がじわじわ広がる。
「そろそろ練習の時間だ」
でもそんな不安だって、彼はすぐに笑って静めてくれた。
「また、明日」
その一言がどんなに嬉しかったか、貴方は知らないのでしょうね。