Deep autumn
マルコには秋が似合う。
赤毛の髪が、紅葉に色づく世界にひどく合う。濃いカーキ色のトレンチコートを愛用しているのだが、それが彼にまるでパズルの最後の1ピースのようにしっくりと填まる。洒落たブーツが、落ち葉をくしゃりと踏むのが軽やかで偶に嫉妬してしまうほど、マルコは秋になると一層輝く
「autumnは好き?」
「好きだよ。木も美しいけど、食が賑やかになるからな」
「…マルコはパスタの事ばっかりね」
「…お前が一番うまそうに食うくせに」
「悔しいけど実際美味しいからしょうがないわ」
マルコの料理を褒めると、彼は何より嬉しそうに笑う。にかっとした爽やかな笑みで木枯らしに冷えたわたしの体は温かくなった気がした
「それで、どうする?もう昼だけど…どっか入る?それとも、」
「勿論、マルコのパスタがいいわ。久しぶりだし」
「よっし、今日は名前の好きなクリームパスタにするか!」
マセラッティ家は共働きで小さなレストランを経営している。今日は定休日なので、夫婦水入らずでデートをしているらしい。息子もこうやってデートをしていると、マルコは両親に言っているだろうか。過去2回、両親在宅の上でパスタをいただいた事はあるが両親不在のうちに勝手に入ってしまったのは初めてだ。マルコに聞いても彼はいーよいーよと軽い調子。そわそわとしながらわたしは彼の後に続いた。
じゃあ座っててと言われて、わたしは大人しく座っていた。マセラッティ家の香りがする。
じゅーじゅーと炒める音がしてから、奥深いバターの薫りが立ち込める。わたしはまだそわそわと、テーブルの真ん中に飾られたコスモスを弄ったりしている。
「はい」
「わあ、美味しそう!」
ことり、わたしの目の前のランチョンマットに湯気のたつ真っ白なクリームパスタが置かれた。マルコも向かいの席に自分の分のパスタを置いて座る。
「いただきます」
「どーぞ」
「…んんんー!美味しい!」
「それはよかった」
わたしの顔を満足そうに見てから、彼は自分のパスタを消費し始めた。
二人とも食べ終わって、マルコは食器洗いに取り掛かった。それくらいわたしがやりたいところだが、どうもパスタ作りに使った器具なんかは洗い方がちゃんとあるらしい。初めてお邪魔した時丁重にお断りをされて、それから手を出していないのだ。
「いつか洗い方、教えてね」
「そうだな、じゃあ次来たとき教えてやるよ」
「うん、お願い」
濃い深緑のソファーに控えめに座る。テレビ横の台に並ぶ写真やトロフィーに目を向けていたら、後ろから首もとに腕が回ってきてくせっ毛が耳を撫でた。
何かを言うタイミングを逃して、2人は沈黙していた。わたしもマルコも、言いたい事があるけど言いだしにくいという空気をお互いに出していて気まずい。
木枯らしで窓がひゅうと鳴ったのを合図に、わたしは思い切って後ろを向き正面からマルコを抱き締めた。彼は驚きつつも無言でわたしの背に腕を回す
暫くそのまま、次に木枯らしで窓が鳴ったら言おう、言おう
次の瞬間すぐに窓がひゅうと鳴って、わたしは息を吸う。
「パスタよりわたしが好きよね」
「パスタよりオレが好きだよな」
同時に聞こえた言葉に二人してぷっと吹き出して、くすくすと笑った。
まったく同じような事を考えていたんだと思うとどうしようもなく愛しく思えてくる。少し体を離してから、だんだんと近づいてくるマルコの唇。わたしは待ちきれなくなって彼の首に腕を回した