優しい心
※妊娠ネタ
「……そ、それは」
「……」
「ほんとう、なのか」
「…エーギル先生の言う事よ」
「っ…そうか…」
「…!」
わたしは背筋を伸ばして俯かないように頑張っていたから、きちんと見えた。オズロックは微笑んでいた。それはイクサルフリートとして今まで長い間一緒に居たわたしでも、初めて見るくらい暖かい微笑みだった。直ぐにそっと抱き寄せられたから、見えなくなってしまったけれど。細っこいなといつも密かに思っていた腕が、今日ばっかりは力強く感じた。
「そうか…それで、合点がいった」
「オズ、ロック…」
「…イシガシに謝らなければいけないな、あの男はいちいち遠回しなのだ」
「、オズロック…」
「…案ずるな」
不安がまだ心を埋め尽くしていたから、兎に角その口から言葉が欲しかった。それを汲んでくれたようだ。わたしはなんとなくわかってはいてもそれでも怖いものは怖かった。そっと身体を離し、面と向かう。美しい、ライムグリーンの瞳だ。わたしはこれが大好きだから、この子もどうかこの瞳を持って産まれてきてほしいな。
「共に育てよう 新たな同胞の命を」
「…うん」
「きっとお前のように、優しい心の持ち主だろう」
「オズロック、ありがとう」
「いや…礼を言うのは私の方だ」
わたしはもう、涙が溢れ出てくることについて少しの抵抗も出来なかった。どの言葉も全部が涙腺をノックして、またオズロックの肩に抱きとめられることになった。優しく背を撫でてくれている。しゃくりあげていると部屋にイシガシとエーギル先生が入ってきたようで、何か話している。
わたしの涙も落ち着いてきた頃、エーギル先生の招集によりイクサルフリートが勢揃いしていた。わたしは口々に祝いの言葉を貰った。みんな笑顔だ。
「名前、名前、やったわね、」
「デスピナっ…!」
「名前、これから母になるのね」
「シノーペ…!」
デスピナが抱きついてくる。その横でシノーペが優しく微笑んでいた。
イクサルフリートにとって、純粋なイクサル人の新たな命が芽生えた事はきっとわたしが思っているより重大で尊い事なのだと思う。枯れるくらい泣いていた、あんなに怖い顔をしてフィールドを駆けていた、運命共同体である彼等がこんなに穏やかな空気を放っているだなんて。あの頃は想像も出来なかったし、復讐の末にはきっと無かった未来なのだろう。
「名前」
何よりも、どんなものよりもわたしを強く惹きつけるその声。導かれるようにオズロックに向き直った。右手を差し出されたから、左手を重ねる。ゆったりとした所作で椅子を勧められ、わたしはそっと腰掛けた。
彼は自分の首元を探っていた。よくわからないまま見上げていたら、服の中から淡く光る首飾りが出てきた。
「…これは私の家に代々受け継がれているものだ」
「……」
綺麗な石の中に、見たこともない紋様が浮かんでいる。視線を奪われていたら、オズロックの腕がわたしの後ろに回った。
「えっ…」
「持ち主を守ると言われている」
「そんな、わたしなんかが…」
「お前を守りたいのだ」
「……」
「…そして、それを受け入れるということは私の家系図に加わることを承諾したとみなされる」
「!?」
「受け入れて、くれるな?」
ハッと息を飲む気配を感じた。イクサルフリートの皆も、わたし達を見守っているのだ。
ああ、まさかこんな日が本当に来るなんて。スティンガーウィングに乗った日から、わたしは人としての幸せを諦めていた。しかし、復讐せずに生きては居られなかったわたし達の手に沢山の人が未来を握らせてくれたから。手放そうとしてもまた、わたしの手に押し付けてきたあの光があったから。今日この日を迎えられたのだろう。
またゆらゆらと、視界が燻ってきた。今までの沢山のことに、感謝をしなければいけない。遠く、そう ほんとに遠く。暖かい人たちに想いを馳せながら。
「、もちろん です」
満足そうな貴方の表情も、わたしはとても好きです。顎を軽く掬われ 誓うように額に口付けが落ちた。祝福を表す華やかな拍手が部屋に響いている。
そっと下腹のあたりに掌をあてがった。世界は楽しいことばかりではないかもしれない、それでもかけがえのない時間だときっと思える筈。皆がいるから、きっと大丈夫。ありがとう、わたしのもとへ来てくれて。あなたに会える日を楽しみにしています。