ライムグリーンの瞳
※妊娠ネタ
早いうちに告げなさい。これは君とオズロックだけの問題ではない。純粋なイクサル人の二世なのだから、私たちの歴史に残る出来事だろう。
言い知れない不安のようなものが、わたしの顔を曇らせていたからエーギル先生に気を遣わせてしまった。でも、全くその通りだろう。わたしたちは遺されたたった12人なのだから。後世が産まれるということは大変な出来事だってこと、わかっている。
「少し、時間を設けた方がよさそうですね」
どうしても不安があったわたしの気持ちを汲んで、イシガシが切り出してくれた。このまま真っ直ぐ政務室に帰りオズロックと対面…なんてできそうもなかったから。わたしたちはラボの一室を借りて少し話をすることにした。ありがたい。
「…オズロックは、気づいてると思う…?」
「あの様子じゃ気付いていませんね。あの人変なところ鈍感ですから」
「だよね、そうだと思った…」
ディオネからの助言でエーギル先生の所へ行く…聡い人ならばこれだけで察せる筈だ。現にイシガシは気付いていた。オズロックはそちらにあまり関心が無いのだろうか、そう思える。
「…夜の、方もね」
「……」
「…あんまり、関心が無さそうなの」
「まあ、我々イクサル人は元々本能的欲の薄い種族ですから」
「うん、わかってるし、わたしもそうなんだけど…」
「不安、ですか」
「…うん、の、望まれて、いるか…とか」
「それは心配要りません。私が保証します」
わたしの震える手を、イシガシが握ってくれた。優しい。言ってくれることもとても優しい。でも不安が取り除かれることはなかった。あの鋭い目を見るとどうしても、わたしなんて要らないんじゃないかって思ってしまう。言葉にも態度にも、あまり出さない人だから。そりゃあ復讐に奔走していた頃に比べれば全体的に柔らかくはなったけれど。
「オズロック様は…」
「…遅いと思ったら…イシガシ、何をしている」
「オズロック…!?」
イシガシが何かを告げようとした矢先、いきなり扉が開いて王宮に居る筈のオズロックがズカズカと入ってきた。イシガシは即座にわたしから手を離して跪く。それでも勢い余って怒鳴りつけそうな剣幕で迫ってくる。わたしは立ち上がって、オズロックを止めようとした。
そこで、急にフラッときた。次いで胸焼けのような吐き気も。わたしはオズロックに向かって倒れかかってしまった。
「名前!?」
「名前!…イシガシ…お前どういうつもりだ!!」
「待っ…」
「…お言葉ですが、私にどうこう言うより先に、名前の事をよく省みて差し上げたらどうなんですか」
「…なんだと」
「まって、オズロック…イシガシは何も悪くない、わたしが、わたしが話す、から」
「くっ……」
外に居ます。そうイシガシが呟いて、部屋から出て行った。わたしはオズロックに凭れかかりながら、ゆっくり椅子へ移動する。温かい、わたしはこの人の子を、授かっているのか。怖くて顔を見ることができないけれど、この腕が赤子を抱き上げるなんて まるで想像ができない。この人が本当は優しい人なんだってことは知ってる。でも、彼にとって邪魔にならないだろうか。行く道を妨げると思われたくは無いのだ。
復讐は終わっているはずなのに、長い間彼の思想や悲願を近く肌で感じていたからか随分臆病になってしまっているのだ。
「お前が、こんな風に弱いところを私に見せるのは 初めてだな」
「…そう、だったかな」
「ああ、いつだって私に着いてこようと 怖い顔をさせていたようだ」
「…貴方に着いて行くことだけを、考えてたから…」
「…無理をさせたな」
「ううん、わたしがオズロックの傍に…居たかっただけなの」
労いだなんて、調子が狂うからやめて欲しいのに。わたしはなんだか涙が浮かんできてしまった。色んなことがあった。わたしたちの二百何年間、随分濃かったな。
下を向いて、こんなに弱ってしまっていたらもういいだろうか。このまま、弱いわたしのままなら、弱音と一緒に一思いに言ってしまおう。
「あのね、オズロック。嫌だったり面倒だったら、ハッキリ言って欲しいの」
「……」
「…わたしはオズロックがわたしとなら恋仲になっていいと言ってくれた日のこと、きっと死んでも忘れない。すごく嬉しかったの。…勿論今でも、わたしはオズロックが大好き」
「……私もだ」
「ありがとう……あのね、オズロック。わたし…」
背中を押してくれた。今なら言える。
わたしはまだ濡れそぼっている瞳をきちんと開いて、背筋を正した。オズロックは思っていたより怖い顔をしていなかった。
「…オズロックの子を、身籠っているようなの」