寒色の髪
※妊娠ネタ
比較的優しい日が続いていた。
対人の面でファラム・オービアスはまったく、生きずらい星だ。イクサルフリートという立場上、批判や風評が耳につく事が多い。胸を痛めることもあるけれど、生まれ故郷の誇りを硬く握りしめているわたしたちからしたらそうたいした事でもなかった。あの日松風天馬という人間が灯した光は、わたしたちの心を確実に溶かしていてこうやってファラム・オービアスでゆったりと息を吸う機会を与えてくれた。複雑な気持ちが拭われる事は無いけど、随分と穏やかな日々を送らせて貰っている。そのことを、皆はどうか知らないけれどわたしは良かったと思っている。
わたしは現在オズロックの元でイシガシと共に雑用や補佐をしているけれど、皆はそれぞれの得意分野で功績を出している。それで色々なところに行っているから、イクサルフリートの間でも方向によってはよく会う者と久しく会っていない者が居るのだ。
「名前」
「ディオネ?ディオネじゃない!久しぶり!」
王宮の廊下で偶然出会ったのは、そのイクサルフリートの一人であるディオネ・バルジだった。彼は強面だけれど相手の感情や空気を読む事が得意で、とても優しい人だ。気配にも敏感で第六感が鋭く、試合の時はとても活躍していた。懐かしいなあ、彼とは久しぶりに会うのだ。
「わあ!元気だった?ほんと久しぶりね」
「ああ、うん…名前、お前…」
「うん?」
「お前、オズロックとは…いや、俺がそこまで聞く義理ではないな…」
「…?オズロックなら政務室に居るけど…」
「取り敢えず、エーギル先生に診てもらった方がいいだろう」
「え?」
「出来れば今から行った方がいいだろう」
エーギル先生というのは、イクサルフリートの頭脳だ。今このファラムではまだ手放しに人を信じることは出来ないので、医者が入り用の時は皆エーギル先生に診てもらっている。
わたしは何処か身体に悪いところがあるのだろうか?ディオネはそれ以上深く語らず、心配するな、いいから診てもらえの一点張りだった。心配するなと言われても、気になるものだ。出来れば今からだなんて、そんなに早急に診てもらった方が良いのだろうか?流石に只事では無さそうなので、わたしはオズロックに許可を貰いに政務室を訪ねた。
「オズロック……」
「どうした」
なにか書類と睨めっこをしていたが、わたしが声を掛けると一瞥をくれた。イシガシも読んでいた難しそうな本から顔を上げたようだ。
「わたし、エーギル先生のとこ行ってくる…」
「なんだ、具合が悪いのか」
「ううん、わたしはそうでもないんだけど…さっきディオネに久しぶりに会った矢先に先生に診てもらえって言われちゃったの」
「………」
「そうか…イシガシ、」
「わかりました。行きましょう」
「え?ああ、大丈夫1人で行けるよ。先生のラボ近いし」
オズロックの言葉ですっと立ち上がったイシガシ。ラボはほんとに近いのに、着いてきてくれるみたいだった。全然具合の悪い自覚もないのに、二人の仕事の邪魔をしてしまうのは心外だ。許可だけ貰えれば良かったのに、とんだ展開になってしまった。
「遠慮は要りませんよ、私の仕事でしたらオズロック様がして下さいますし」
「…その代わり、名前に何かあったら許さんからな。心しておけ」
「勿論、命をかけて護衛させて頂きます」
「そ、そんな大事じゃないのに……もう」
結局二人でオズロックの政務室を後にすることになったのだ。それは穏やかな日の事だった。