流星が願いを叶える前に
※きみへ辿り着けたなら を読んだ後だと少し繋がる
ファラム・オービアス、王宮都市。
ここには久しく、夜が訪れていない。突如空を覆い尽くした無音の闇、ブラックホールの引力は凄まじくわたしたちから様々な常識を奪った。その一つとして、わたしたちは夜を取り上げられていた。永遠の夕方に生きていたのだ。恒星ディーテと我々の住む惑星オービアスの側面から現れたブラックホールは強烈な引力を放ち、自転を封じたのだ。
歓喜に沸くスタジアム、安寧に包まれた人々の中でわたしは隣に立つリュゲルにぽつりと呟いた。
「…もしかして今日は、夜が来るのかな」
ガンダレスはアースイレブンの頭脳派を自負する人たちと盛り上がっているようだ。他の人もそれぞれ思うところを吐露している。
「そうか、そうかもな。夜か、久しぶりだな」
「ほんと。冷や冷やするような闇じゃなくて、うん、夜って優しかったよね、今思うと」
「…そうだな」
「懐かしいな!ブラックホールが初めて観測された日の、夜のこと!」
「あっ!忘れろと散々言っただろう!?」
「ふふ、ごめん、忘れられないや!」
ガンダレスと泣き寝入りしてきた夜のこと。あの時はまだ夜があったけど、だんだんと陽の登るサイクルがおかしくなっていって結局王宮都市は夕方の中に浮かんでいたのだ。意識のないところで力が入っていたのか、身体も心も随分気が抜けて楽になった。星は動き出したのだろうか?まだ実感は無いけれど、きっと夜が来る。
ーーーー……
諸々のことが終わって、いよいよ近づいてくる。今までの怪しくも美しい夕方が持つ光度も素知らぬ顔で通り過ぎて、暗くなってきた。惑星中の歓喜と安堵を読み取れる。
「うっひゃーー!暗くなってきたなリュゲル兄!…そういえばなんで今まで夜がなくなってたんだ…?」
「ブラックホールの引力にファラム・オービアスが負けてたからだ」
「なるほど〜やっぱすっげーな!リュゲル兄は!」
わたしたちの住む王宮関係者用の寮が近づいてくる。ガンダレスは元気にはしゃいで、空を見上げている。以前はこのくらい暗くなったら、街灯が煌々と輝いていたはずだ。久々でシステムが稼働されていないのだろうか?
「…暗いな」
「うん、でも怖くないね」
「そうだな」
夜空の星も綺麗に見える。
もしかしたら、明るい王宮都市でこんなに綺麗な星空はもう見れないかもしれない。じきに街灯も点くだろう。この少しの時間、安寧の暗闇を撫でながら大切な人と過ごせるなんて わたしは幸せだ。
名前
呼ばれた?それは微かで、風に飛んで行ってしまいそうな声だった。星空に奪われていた視線を一番近くに居るリュゲルの方へ向けるが、そこは暗闇でなんにも見えなかった。リュゲル?わたしは問いかけようとする。伸ばしかけた指を掴まれて、声は発されなかった。どんなに暗くてもこの温もりがあればいいな、もし目が見えなくなってもこうやって導いてくれるなら…
引かれるまま足を出した、二歩くらい。記憶の中の二人の距離だと もうぶつかってしまうんじゃないの?少し首を捻って、また名前を呼ぼうと口を開きかけた その時。
そっと触れた、そっと。触れるだけ。浅くて、輝くように優しい。何にも見えなくても確かに温もりが存在していて、儚くてもここにある、ここにあった。はらはらと、わたしの瞳からは自然と涙が溢れて二人の手を濡らした。繋いでいた指を緩く握って…わたしたちは夜を迎えたのだろう。温かいものは直ぐに離れて、次の瞬間 リュゲルが現れた。街灯が点いたのだ。
「…泣いてるのか」
「ほっとしたんだよ、だから…」
「そうか、もう 安心だからな」
「うん 」
「あー!ずるい!俺もまぜてー!」
「…ガンダレスも繋ぐ?」
「うん!」
涙を拭っていたら、先に走って行って星空を眺めていたガンダレスが戻ってきた。手を繋いでいるわたしたちを羨ましがっているようだったから、片手を差し出した。ガンダレスは笑顔で握ってくれたが、リュゲルが不満そうだった。
「うーんうーん、じゃあこうすればいいんだ!」
「…それだとお前が歩きにくいだろう…前を向いて、後ろ手で繋げばいいんだ」
「なるほど〜!歩き易いや!すげーよリュゲル兄!」
結局三人で輪っかになる状態になった。ヘンテコな形だけど、皆繋がってる。わたしたちにぴったりだった。あの日の、ぎゅうぎゅうな布団の中みたいに。循環している。
明日は朝日が見れる、久しぶりの朝だ。今日は二人の部屋に泊まらせてもらおう。特別な朝を三人で迎えられたら、それはきっと今日と同じ大切な思い出になるから。