きみへ辿り着けたなら

空に黒い穴が空いた日。

突然だったように思う。まだ昼下がりと言える時間帯、急に外が薄暗くなった。皆夕立かなにかかと軽い気持ちで空を見上げて…腰を抜かした。ぽっかりと、吸い込まれるような巨大な…ブラックホールだったのだから。地に足がついているかどうか定かでなくなるような、不気味な感覚だった。初めて見た時は。世界中の人の心がざわざわと沸き立っていることを肌で感じていた。ニュースも、街行く人も、みんな空の話をしていた。ただ歩いているだけでも、ブラックホールを背にする事が怖いくらい…恐ろしかった。

その日の夜、わたしは布団の中で一人震えていた。寝れるわけなかった。不気味すぎる。寝ている間にファラム・オービアスが消えてなくなるかも…ブラックホールが成長してるかも…怖かった。巨大な穴が。死ぬのかなって考えてたら、背筋がひやっとした。
ガタガタ震えていたら、インターホンが鳴った。なんだろう、幽霊かな、怖い。布団の中で固まってたらドア越しに薄っすら声が聞こえる…ん?この声…!


「リュゲル!ガンダレス!」
「名前!大丈夫か!」
「うん…わ、わたしは大丈夫だけど…え、ガンダレス…大丈夫…?」
「う、うわあああああ!!名前ーーー!!!」
「!?」


玄関前に立っていたのはパジャマ姿のリュゲルとガンダレスだった。しかしガンダレスはリュゲルの腰に引っ付いていて、もじゃもじゃの髪しか見えなかった。それが突然襲ってきた!ガバッと抱きつかれる一瞬見えたガンダレスの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


「うわあああああ!」
「ど…どうしたの?」
「それが、いくら宥めても落ち着かないんだ…」
「ガンダレス……怖くない、大丈夫よ」
「うっ…」


この時ばっかりはガンダレスに感謝した。彼はきっと怖くて慄く自分を持て余して困っているんだ。わたしは宥めようということで頭がいっぱいになって、自分の手の震えが止まった。そっと両手で抱きしめ返して、ふわふわの頭を撫でてあげた。まだ泣やみはしてないけど、しゃくりあげるだけになった。


「…取り敢えず中に入っていいよ、今日は泊まってって」
「感謝する…」
「ううん、わたしこそ。一人じゃ怖くて眠れなかったところなの」


大きな布団を奥から引っ張り出してきたけど、三人で寝るには狭い。わたしたちはぎゅっと丸まって眠ることになりそうだ。ガンダレスが異常に怖がっているから、甘くてあったかいココアを入れて取り敢えず三人でゆっくり飲んだ。ホットミルクはリュゲルの十八番だからいつも飲んでいるだろうしね。ガンダレスはいくらか落ち着いてきて、涙は止まったようだった。


「…大丈夫、わたしもリュゲルも居るからね」
「…うん」
「お布団入ろうか」


狭い布団の中、腕に引っ付いたままのガンダレスを真ん中にして横になる。ガンダレスはわたしの右腕とリュゲルの左腕を握って目をつむった。目の前にある真っ黒の癖毛は、何の匂いもしないけど頬に柔らかく触れている。わたしはガンダレスの肩付近へあやすように左手を置いていた。

暫くして、ガンダレスは眠ったのか眉間の皺が薄くなっていた。わたしもやっと眠れそうなくらい落ち着いてきてそっと瞼を下ろそうとした、その時。左手が冷たい掌に包まれる。びっくりして目を見開くと、寝息に揺れるガンダレス越しに暗闇に浮かぶラベンダーと目が合った。リュゲルだ。

リュゲル、そう言おうと口を開いたが嗜めるように手をぎゅっと握られた。ガンダレスの胸あたりでわたしの手を握るリュゲルは、震えていた。ああ、この子も怖かったのか。そりゃあそうだ。わたしだって怖かったんだもの。でも泣き出す弟の前で、兄は兄で居なければならなかったんだ。
わたしはラベンダーをしっかり見据えながら、手を握り返した。指の腹でなるべく優しく、彼の冷えた指が温まるように。

リュゲルは目を細めて笑う。きっと情けないだとか思っているのだろう。わたしは愛しくてたまらなくなった。この創造と破壊のつがいを、わたしはずっとずっと見守ってあげたい気持ちでいっぱいに、いっぱいになった。溢れそうなくらい。あたたかい母性で包んで、わたしたちは三人 循環しているから。消える時もきっと三人で居よう。怖くなんてなくなる。
布団の中があったまってきた。そろそろ眠れそうだ。おやすみガンダレス、おやすみリュゲル。ありがとう。明日が来なくても、貴方達が居るなら悔いはないわ。一緒に眠れれば、それだけでいいの。



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