つぼみの祈り
※企画「宇宙飛行」様提出作品
「オズロック様って」
「…」
「すんごくおじいさんですよね?235歳くらい??」
「…仕事がおわったならはやく出ていけ」
「…」
また変な空気を作ってしまった。わたしはつくづく会話が下手くそである。
仕事、わたしの仕事なんてもうとっくに終わっている。だってわたしの仕事はこの広いオズロック様専用執務室にぽつんと一つだけある花瓶に花を生ける それだけなのだから…。この棘のある嫌みったらしい男、ビットウェイ・オズロック。コズミックなんちゃらとブラックホール騒動の中心人物で、ファラムに血の滾る恨みをぶつけてきたイクサルフリートの頭だ。それがなんと王宮内に執務室を持つ高官になったのだ。それから侍女達は大騒ぎ、高官の部屋には侍女がつく決まりだからだ。
誰もやりたがらなかった。もしかしたら殺される、こき使われる、皆怯えていた。そこでわたしが立候補したら、とても心配されたが 皆内心は自分にならなくてよかったと思っているようだった。でもそんな事はどうでもいい、どうでもよかった。わたしは自分の幸運を感謝し、同時に不運を呪った。
侍女の仕事として本当は部屋の掃除や雑務も担当するはずだったのだけれど、彼は侍女…ひいてはファラム人の手を借りる事を悉く嫌った。しかし、あの時きつく突き返されたわたしは全くもって納得がいかず必死の交渉の末花瓶の管理だけはさせてもらうことになり…今に至るのだ。どうしてわたしがそこまでするのか、それは
それは、くゆる恋心からだった。
誰にも言っていないし、きっと誰も気付いてないだろう。わたしは不謹慎だと罵られたとしても、きっと消えない想いを抱いてしまったのだ。こればっかりは自分が至極哀れだ。それでも、わたしは幸運なのだ。侍女として王宮に仕えていてよかった。好きな人とこんなに近くに居られる。不幸なのはわたしがファラム人として生まれて、彼がイクサル人だという事だった。どこからどう見ても、不毛な想いだった。
それでも、毎回なけなしの勇気を振り絞って一言でもいいから言葉を交わすというノルマを課して頑張っている。しかし今日も冷たい言葉を浴びて終わった。不毛である。わたしはどろどろのゼリーみたいな心を抱えて、静かに部屋を出ようとした。
「…この香りは…」
「っ…!き、今日の花は香りが強いので、お気に召さなければ代えも用意してますが…」
「いや、これでいい。覚えのある香りだ…イクサルにも…」
「…似た種が、咲いていたのですか」
「…お前には関係のないことだ」
「…」
珍しく彼から話しかけられたというのに…関係がない。関係がないと思うのか。
わたしは常日頃思い考え煮詰めていることを、そろそろどうにかしてしまいそうだった。毎日彼の中で踏みにじられているわたしの心と、花瓶に差された花がどろどろになって吹き溜まりになっている。
「貴方は、貴方は何も見えていない…」
「…何が言いたい」
「わたしを通して遠い先祖を見て、この花を通して遠い記憶の全く別の花を見ている!」
「…」
「花は、わたしはここにいるのに!わたしは、ここにいるわたしは貴方を…!」
「…」
「っ…!」
そのまま勢い良く執務室から逃げ出した。今までで一番このドアを乱暴に扱ったと思う。涙なんて見られたくなかったし、必死で、不毛で、哀れな自分なんてきっとオズロック様からしたら虫ケラのようなものだろう。いまだ憎しみが消えていないのだから、あんなふうに突き返されたのだ。わたしのことなんてきっとなんともおもってない。それをわかっていたはずなのにな…このまま走り去って、どこかへ行ってしまおうと思った。どこでもいいから一人で声をあげて泣きたい、そんな気分だったのに
「…最後まで言わないのですか」
ドアの外にはイシガシさんが居た。
彼もイクサルフリートであるからわたしにそうそう優しくもなかったけれど、この時の彼の声は今までで一番柔らかかったように思う。
「言えません、とても言えません!拒絶されるとわかってて、とても」
「拒絶されると、何故わかるのですか」
「だって、わたしは ファラム人で…」
「貴女こそ、壁を作ってるじゃありませんか。人のことを言えた義理ではありません」
「あ…」
「貴女に、良いことを教えましょう」
「…」
「オズロック様は、貴女の生ける花をいつも 楽しみにしているのですよ」
「…えっ…」
「それにもともとイクサルの話をしたがりません。誰に対しても」
誰に対しても?拒絶はわたしに対してだからではなかった?
思い込みが覆されて、混乱する。イシガシさんの言うとおりならわたしはそう悲観する必要もないということだ。ほんとうなの?もしほんとうならわたしは一方的に決めつけて、挙句気持ちを抑えきれなくてぶつけてしまったということになる。これでは、これでは意味がない。同じことで返したら意味がないじゃないか。イシガシさんは優しげな表情でそっと言葉を繋いだ
「…ララヤ女王やファラムの対応から、オズロック様も御心がまだぐらぐらと揺れているのです。貴女がここで諦めたら、永遠に咲かない蕾になってしまいますよ」
「イシガシ、余計なことを」
「っ…!?」
「これはすみません、例の書類をお持ちしました」
「…結構」
「それでは私はこれで」
突然わたしの背にある執務室へ繋がる扉が開き、驚いている間にこの広い廊下にわたしとオズロック様のみになってしまった。
非常にきまずい。わたしは彼の顔を見上げることが出来なかった。
「…泣いているのか」
「…いいえ」
「こするな」
腕を掴み取られ、濃紺の手ぬぐいで頬を優しく拭われた。掴まれた右腕が温かい。初めてオズロック様と触れた。
わたしの頭の中はいっぱいいっぱいだ。だってあんなふうに誤解が解かれてしまうと、後押しするような言葉を浴びせられると溢れ出てしまう。それでこんなに優しくされたら、わたし、わたしは、
「…好きです…」
「……」
「好きなんです…」
「…泣くな」
それはどういう意味の泣くな?煩わしいから?困惑するから?見苦しいから?貴方の一言だけで、わたしは世界が動かされる気持ちになる。たった三文字でも、こんなに考えてしまう。貴方だから。
「お前の気持ちに対して、私はまだ答えることができない」
「…はい、」
「お前に対する気持ちは、まだ定まっていないが」
王宮のこの執務室前には、大きな窓がある。まだ陽も高く 暖かい光が青い空の向こうから差していた。それはわたしの後ろから差し込み、オズロック様はわたしに降った光の反射光を受けている。
「お前の活ける花は、嫌いではない」
わたしはこれからもたった一つしかない仕事の為に、この部屋を訪れるのだろう。それからわたしたちがどうなるのか、はっきりわかることなんて一つもないけれど…
きっと動き出す、二人の距離も、ファラムとイクサルの距離も。