明日を語る星の子達



「フリューリングが来るのか」


オズロックは、王宮に所属するタワービルの自室にある ささやかなテラスで目を閉じた。わたしの知る限り寒さには一言だって投じなかったのに…凍結保存されていただけあって寒さに何かを感じることはないみたいだった。

代わりに暖かさには、些か弱いように見受けられた。


「風も、柔らかくなりましたしね」
「…ああ」


女王の元で官僚を勤める姿も様になってきたこの頃、オズロックに呼び出された。彼の補佐にはイシガシが居れば事足りるため、他のイクサルの人は結構好き勝手にさせてもらっている。時たま手伝いをさせられる程度なのだが、女王の計らいで何の不自由もなく暮らせていた。わたしは皆の中でも二人の仕事の手伝いをかって出る方だったけれど、こんな風にイシガシ不在の部屋で二人きりなんてことは一度もなかった。


「…この星にも…フリューリングはあるのだな」


一抹の不安と共に部屋へお邪魔したがそこでオズロックは、開け放たれた大きな窓の向こう側…テラスの淵に腕をついて、春を感じていた。
髪も、服も、穏やかに揺れている。恨むべきファラムの風も、こうも肌に馴染む日が来るのか。空は末広く 広大な宇宙へ届いている。そこに邪悪なブラックホールなんて跡形もなかった。
わたしは室内に留まりつつも、同じように空を仰ぐ。オズロックも遠く彼方 産まれた星の事を考えているのだろうか。


「野を駆けた日々の事でも、思い出していたのですか?」
「…私にもそのような日々があったと思うのか?」
「どちらかというと本に埋れていそう、でもサッカーは上手いですし…」
「まあ、どちらでもよい」
「…結局教えてはくれないんですか」
「そういうお前はどうなのだ」


軽い目配せも、ゆったりとした空気に包まれている。同じイクサル産まれでも、わたしとオズロックは凍結保存をするメンバーとして集められた時が初めましてだったのでお互いについてたいして知らないのだ。初めましての次も、とてもこんな話を持ち出している暇がなかったのだし致し方ない。


「わたしはどっちも好きでした、花冠を作るのも 御伽噺を読むのも」
「そうか、節操なしか」
「違います!多彩なんです!」
「そういえば、迷い子とイクサールの御伽噺が、あったような」
「ああ!ありました!懐かしい…」


故郷で有名だった御伽噺の話なんて、こんな風に話せる時が来るとは思わなかった。みんな必死で、怖い顔して、悲願を叶えようとしていたから。今もまだ怖くなる時がある。滅んでいったイクサルの民は、わたしたちにまだ復讐を望んでいるのではないかと。
ささやかな春の風も、安らぎも、何処かで冷たさを帯びているような気がするのだ。


「お前にはフリューリングが似合う」


オズロックはまた、何も無い空を見上げてぽつりと呟いた。紫と緑と、機械的な街並みの後ろで青い空が垣間見える。喧騒は微かで、それでいて確かだった。


「最近、そう思うようになってな。少し、話をしてみたくなったのだ」
「え、あ、そう ですか」
「…それと…」
「?」
「イシガシが身を固めろと煩くてな…」
「ん!?」


思いもよらない単語に、陽気など忘れ去られてしまう程だ。身を固めるというと、そういう意味だ。そんな話をこのタイミングでわたしに話すということは、ということは…


「ま、まさか…花嫁、候補!?」
「そ、そうはっきりと言うな…!お前には恥じらいが無いのか!」
「先に話し出したのはそっちです…!!」
「兎に角…」
「…!?!」


部屋の中からテラスの方へ話しかけていたわたしの元まで、オズロックはあっという間に詰め寄ってきた。わたしの引け腰には目もくれず、ガッチリと腕を捕らえられる。


「身を固めろと言われて、私の中で候補に上がったのはお前だけだったのだ」
「お、おかしい…!だってシノーペとかデスピナとか優秀な女子が他にも…!」
「優秀かどうかではない…」
「っ…」


カーテンが膨らむ 無造作に舞う。風は気ままに吹き抜けて、二人の髪をおんなじように揺らした。わたしの腕を掴んでいない方は腰へ回る。そして切れ長の瞳は、実に優しく わたしの視界から落ちていった。固まって冷や汗すら浮かぶわたしの首元へ赴き、すんと鼻を鳴らす。


「お前は春の匂いがする」


ファラムの春も、イクサルフリートとたいして変わらなかった。
掴まれた腕を温もりを探すかのように撫ぜられると、この人もただ暖かい所を探していただけなのだと気付かされる。青いだけの空を背負っていても、いいんじゃないか。わたしたちは今まで十分にやったと思いませんか?遠すぎる記憶の彼方で、父と母が微笑んでいる気がした。
恋の香に誘われて、わたしは迷い子をそっと抱き締めた。



……ーーー「貴方も群れから離れちゃった 迷い子だったのね」

一本の触手と手を繋いでいた少女は立ち止まり、イクサールに言いました。

「寂しいでしょう?わたしはわかるわ。だってわたしが先に迷い子だったんだもの」

イクサールの大きな身体に、少女は目いっぱい抱き着き 小さく呟きました。

「…あたたかい」

イクサールはその瞳に 一粒の涙を光らせました。ーーー………




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