銀色がわたしの世界だった



ファラム・オービアスの空は今や、見上げれば全天の半分をブラックホールの怪しく危険な闇が覆う。光の屈折がどうのとかニュースでやっていたけど、わたしには到底理解できない理論によって残りの空はピンク色だ。それがまた恐ろしく、胸が冷えるような焦燥が湧いてくる。異常気象、ブラックホールの信仰団体、夜の来ない王宮都市。移住が決まっているからってたいして焦ってない人も、沢山の試練や情報に踊らされている人も、みんなおかしかった。わたしも、正しいのかわからないような情報をたくさん耳に入れて疲れた。

手を伸ばすと、そのまま吸い込まれてしまいそう。王宮内の小さなテラスでわたしは左手を掲げた。


「おい」
「…リュゲル」
「馬鹿げた団体のような事をするな」
「…ガンダレスは」
「置いてきた」
「うわー可哀想」
「寝てたから起こさなかっただけだ」
「また探し回って大事になるよ」
「今はいい。」
「あそ、」


なんとなく後ろめたくなって、左手をそっと下ろした。わたしはこいつが少し苦手だ。いつも一緒のガンダレスと居れば少しは緩和される雰囲気が、今日は刺々しいまま。その透き通るような瞳は真っ直ぐわたしに向けられている。


「それで」
「…?」
「いい加減買ったのか」
「…あー…」
「…まだなんだな」
「……」


買った、買ってない。わたしたちは移民船のチケットの事を話している。全員の移住がほぼ可能だということは決まっていても、ファラム・オービアスは巨大な惑星。皆が同じ星に収まることは出来ない。そこで住みやすい惑星、環境の厳しい惑星、それぞれにランクが付けられて高いランクの星へ向かう船の席程高額となっているのだ。
わたしは、惑星にランクを付け、原住民を追い出し、高額支払い者から住み着くなんてシステムにどうしても嫌気が差してたまらなかった。チケットを巡る抗争に混ざる気にはなれなかったのだ。


「何故買わないんだ。最低ランクの星なんか飛ばされたら、なかなか大変そうだぞ」
「…最低ランクでも、その星を愛してる人たちが居るよ」
「……」
「わたしはファラムが大好きだから捨てきれないし、誰かの愛してるものを横取りするような事に踏ん切りがつかない それだけ」


綺麗事を言ってるみたいだ。でも、正直な気持ちでもある。それで結局どうしたいんだと言われると、惑星と運命を共にすることにも 勇気が湧かないのも事実だ。そうやって面倒な思考の湖に沈むと、ブラックホールが無ければなあって 結局空をぼーっと見上げて終わり。煮え切らなくて、はたから見てると苛立つのも解る。
リュゲルが今どんな顔してるのか見るのが怖いけど、きっと苛立ってるんだと思う。テラスから見える紫色の街並みが、やけに愛しいのは 儚く散って行くのを知っているからなんだろうか。暫く風の音に混じる微かな街の喧騒を聴いていた。


「…じゃあ」


腕を掴まれる。その白い手は、まるで体温を持たないようで 実際はとても暖かかった。優しい按配の力加減で、そっと促されるままリュゲルに向き合う。
思い描いていた表情とは全く違う、苦しいような 悲しいような面持ちだった。


「お前が好きな俺はどうしたらいい?」
「……っ」
「お前を捨てきれない気持ちは、お前がファラムに抱く気持ちと同種の筈だ」


南天の赤星と居る時、リュゲルはいつも得意気だったり自信に満ちてたり そんな表情ばかり。いつだって背中は遠く、沢山の人が魅了されているのに。今はパステルカラーの優しい色の瞳が、わたしだけを映している。わたしの平凡で当たり障りのない色が 映っている。


「わかってくれるな?」


何かとこの兄弟がわたしを気にかけていたのはそういう訳だったのか。空のピンク色の影響を受けているだけではない。目の前のリュゲルの顔が薄っすらと赤らんでいた。わたしは彼の顔を見ているのがやけに恥ずかしくなって、斜め下に顔を逸らしてしまった。


「…兎に角、お前は世話が焼ける…」


パチっと控えめに音が鳴る。それはわたしの腕からだった。ファラムではチケットの類はデータで取り扱われる。今回の移民船のチケットも例外ではなく、大抵は腕輪の形で管理されるのだ。


「俺と同じ星への移住以外許さない」
「ま、まって、これ 」
「当たり前だ。紫天王は王宮と同じ星へ向かうと決まっていたからな。それは取るのに苦労した」
「そんな、わたしなんかに…!」
「…まだわからないのか」


今だに掴まれていた腕を少し強く握られる。先ほどの不安を孕む表情とはうってかわって、鋭い視線に射抜かれた。


「お前のファラムを捨てきれないとか言う曖昧な気持ちより、俺がお前を見捨てられないこの想いの方がずっと大きいんだよ」


だから観念しろ。
最後だけ囁くように、だなんて これがインパクトなのか。見事に乗せられてその気になってしまうのは無理もないのだと思う。遠くからガンダレスの情けない声が聞こえる。リュゲルのしょうがないという身振りに微笑むと、同じように微笑んでくれた。



リゲル(Rigel)は、オリオン座の1等星。冬のダイヤモンドを形成する恒星の1つでもある。



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